1.
「うわ、何か嫌なもの見つけちゃった…」
放課後の昇降口、私は飯島一樹の靴箱を開けて、顔をしかめた。
そこには一枚の封筒。
分かりやすいハートのシール。
私はそれを取り出すと、顔をしかめたまま差出人を確認した。
私が一樹と付き合い始めたのは高校一年の終わり頃で、もう一年以上も経つ。
二年以降は文系、理系で別れ、クラスは別々になってしまったものの、私たちはいい関係を保ってきた。
それにクラスは別でも、部活は同じ写真部に在籍している。
文化祭が近いせいで、私たちを含める写真部部員は、学校に居残ってその作品を仕上げていた。しかしながらその作業の段階にも個人差があり、すでに完成した者もいれば、まだ写真さえ撮っていない者もいる。私たち二人はその後者だった。
結局その日も、最後まで部室に残りただ時間を無駄に過ごしていた。
「なあ、二人で互いを撮って、『恋人』っていう題名をつけるのはどうだよ」
題材すら決まっていない一樹は、笑いながらそう提案した。
「…やだよ、恥ずかしい。馬鹿じゃない?」
「いいじゃんよ。俺たちはどうせ、学校中が知ってる公認カップルだしよ。今更誰もひやかさねえだろ」
「そういう問題じゃないの」
私はそう言って、一樹を睨みつけた。
…第一、学校中が知っているわけじゃない。一年生は知らないのだから。
高校二年生の時、文化祭のイベントで『未成年の主張』というのが行われた。もちろん、とある有名なテレビ番組からのパクリなのだが。
それに、一樹がエントリーした。
一体何を主張するのかと思っていれば、突然私の名が呼ばれて驚いた。
その頃あまりうまくいってなかった私たちを心配した一樹が、「もう一度、愛を確かめ合おう」と主張し、改めて私に告白したのだ。
まったく、恥ずかしいなんてもんじゃない。
けれど周りにはやしたてられながらも、私はそれに応えた。
嫌な気はしなかったし、むしろ嬉しかったから。
だがそのイベント以来、私たちは周りから事あるごとにからかわれたり、もてはやされたりで、うんざりした。
今はもう勝手にしてくれ、と言う感じだ。
「それに私はもう、題材は決めてるの。…この学校にある楡の木を撮ることにしたから」
「…何だよ、つまらねえな」
言って、一樹はもてあそんでいたカメラをしっかりと持ち直す。
一眼レフの少し古びたカメラで、一樹のお父さんが昔購入したものらしい。
「じゃ、とりあえず俺だけでもお前を撮るかな」
「…やめてよ、もう。第一あんた、人物は苦手でしょ?」
静物や風景ならいい写真を撮る一樹だが、なぜか人物だけは上手く撮れない。昔一度だけ撮ってもらったことはあったが、構図も何もあったものじゃない。しかもシャッターチャンスを確実に逃しているようなものばかりだった。
「とにかく、私はもう外に行くからね」
「…仕方ねえな。俺も適当に撮って来るか」
そうして、二人は揃って部室を出た。
廊下を並んで歩きながら、ふと気がつく。
「あ、もう昇降口閉まってる時間じゃない?」
「…ああ、もう六時半だからな。来客口の方から出るか。…お前、俺の靴持ってきてよ」
「えー?何で私が」
「俺、トイレに行きたいんだよね。だから持ってきて」
「もう、仕方ないなあ」
まあ、どうせついでだからいいんだけどね。
「…でも、こんなもの見つけたくなかったなあ」
私は一樹に靴を押し付けながら、大げさにため息をついた。
「はあ?」
一樹は濡れた手をズボンで拭きながら、靴を受け取る。
私はそうして、一枚の封筒を差し出した。
「これ、入ってたよ。…ラブレター」
「うっそ、マジで?珍しいこともあるもんだな、今時。…ってか俺、初めて貰ったわ」
まだ少し湿った手で、一樹はそれを受け取る。
受取人に、一樹の名前が小さく可愛い文字で書かれていた。
一樹はくるりと裏返して、差出人を確かめようとする。
「…差出人が書いてねえぞ」
「中に書いてあるんじゃない?」
靴をはいて、外に出た。春なので辺りはまだ明るい。
一樹は封筒の封を破り、中の便箋を取り出した。きっちりと、三つ折りにしてある。
…と、内容を見るのは悪いような気がして、私は視線を他へ移した。
「何々?『飯島一樹様。…手紙を靴箱に置いていくのは何だか失礼なような気がしましたが、他にどうすることも出来ないので、そうさせていただきました。…私は、飯島さんに告白しなければならないことがあります。もうずっと前から、言わなければならないとは思っていたのですが、勇気が出せず、今に至っています』」
まったく、私が目をそらした意味がない。
声に出して読むなっつうの。
私は呆れ顔で一樹を見る。一樹は来客口の手前に突っ立って、手紙の上の文字を追っていた。
「えっと?『直接会って渡したいものがあります。明日の放課後、楡の木の前で待っています』…だって。いいねえ、初々しいねえ」
「何言ってんだか。ばっかみたい」
「…あれ、もしかして嫉妬?やだねえ、醜い女の嫉妬は…はぶっ!」
私の拳が、一樹の左頬に炸裂する。
ふん、と鼻を鳴らして、私は楡の木の方へ足を向けた。
「でも、渡したいものって何なんだろうね」
後ろから追いついてきた一樹に、私は問い掛ける。一樹は私の横に並び、両手を頭に組んだ。ラブレターは無造作に、ポケットの中に突っ込んである。
「さあ、一昨年くらいに編みあがったマフラーとか、そういうんじゃねえの?」
「…はっ、何それ。それよりバレンタインのチョコの方が信憑性あるんじゃない?もう、賞味期限切れてんの」
「それ、腹こわすって」
一樹は一笑して、今度はポケットに両手を突っ込んだ。
私は地面の小石を蹴りながら、呟く。
「返事、どうすんの?」
「…あ?…断るに決まってるだろ。それともお前、俺と別れたいのかよ」
「…別に。そういうわけじゃないけど」
そう言って、二人は黙り込んだ。
こんな一樹でも実は、結構もてる方である。
ルックスも悪くなく、誰にでも同じように気安く接するため、女子からの人気は高い。それでも一樹が今まで告白をされなかったのは、私との付き合いが公認だったから。文化祭のことがあったからだ。
あの時の不仲は、一樹のもてっぷりが原因だったような気がする。
特別扱いをして欲しくて、私がごねていたのだ。
「でも、可愛い子だったらどうする?」
私の顔は十人並である。
「関係ねえよ」
一樹は不機嫌そうに言った。