|
若葉通りの両側には、カフェやCDショップ、雑貨屋など様々な店が並んでおり、毎日、老若男女多くの人が往来している。 その中に、向かいあって激しい客取り合戦をしている二つの美容院がある。 「hair salon K’」と、「hair studio Flying Moon」。両方ともにおしゃれな店内、スタッフを揃え、今のところこの二つの客数は拮抗しているようだ。 4月から桜花高校の2年次に進級する星野美紀とその親友、綾部久美子は、それぞれ別々の美容院に入って、終り次第ミスタードーナッツで待ち合わせることにした。 春に向けて、イメージチェンジをしようと持ち出したのは、久美子の方である。 それ以来、この日まで二人は何冊もの雑誌やヘアーカタログをチェックし、自己改造計画に余念はない。二人は一番理想とする髪型の切り抜きを握り締め、互いの健闘を祈りあうと、別々の店に入っていった。 三月の初旬、春というにはまだまだ寒い、そんな頃の話。 「うわ、久美子変わった〜〜」 美紀は店内に入り、久美子の姿を見つけるなり、そう叫んだ。 久美子は前髪を眉の上でパツンと切りそろえ、あとはサラサラのストレートの髪にシャギーを入れて垂らしている。長さは肩下15センチほどで、充分ロングと言えるだろう。カラーリングは今までよりも、ワントーン暗めに落としたようだ。 久美子の方も美紀の姿を見つけるなり、口端を少し上げて微笑みを返しつつ、コーヒーをすすった。 湯気の出方から伺うと、まだそんなに経っていないようだ。美紀はドーナッツと紅茶の乗ったトレイをテーブルに置くと、久美子の向かいに腰掛けた。 そして、片手で切ったばかりの髪を弄ぶ。 美紀の髪型は、前髪をサイドに流し、毛先を外側に跳ねさせている。長さは肩に触れる程度のミディアムで、カラーは雑誌に載っていた通りならば、カッパーブラウンという色なのだろう。今までの美紀の髪型に比べたら、大分あか抜けた印象だ。 「あんたもかなり変わったじゃん。やっぱいいよ、それ。正解」 「でしょでしょ?? 可愛いでしょ?」 「……まあ、自分で言わなきゃね」 先ほどから満面の笑みを浮かべっぱなしの美紀を前に、久美子は苦笑しつつ話を続ける。 「三月先輩も驚くんでない?」 三月隼人はつい最近卒業した桜花高校の先輩であり、すったもんだの末、現在美紀と付き合っている。 推薦で確実だと言われた有名私立大学を蹴り、地方大学の医学部を受験、合格した。 三月が志望学部を秘密にしていたせいで、医学部だと知らされたときは誰もが驚いたものだ。ちなみに、「このドスケベ」とは、美紀の兄、将行のコメントである。 「う〜〜ん、気に入ってくれるかなあ〜? 最近会ってないしな……」 「え? なんで? 卒業式終わって、向こうは暇でしょ?」 「引越し先のアパートの手続きとか、色々あるんだって〜。今こっちにいないみたい」 「そっか。でもまあ、こっち戻ってくるんでしょ?」 「うん、明後日〜。楽しみ」 美紀はやはり、気持ちいいくらいの笑顔でそう言った。久美子もそれにつられて笑う。 店内は暖かくて、ドーナッツの甘い香りが漂っていた。 「……お兄ちゃん、邪魔〜!! 何で私のベッドで寝てるわけ〜?」 久美子を連れて自宅に戻ると、自分の部屋のベッドでだらしなく寝ている将行の姿を見つけ、美紀は怒りをあらわにした。 両手を腰に当て、いかにも怒ってます! というような仕草だ。 それでも将行が起きなかったので、美紀は久美子に困りきったような表情を送った。 「ちょっと待ってて〜。今たたき起こすから」 「……たたき起こすって」 呆れ顔の久美子を残し、美紀は兄の寝るベッドに歩み寄った。 簡単にストレッチをして、ダイブの衝撃に備える。 美紀の部屋に顔を出した久美子は、荷物を適当に置くと、その様子を見守った。 そして。 「お兄ちゃん、起きろ〜〜!!」 美紀はそう叫ぶと、軽く弾みをつけて、うつ伏せに寝た将行の背中目掛けて倒れこんだ。 「フギッ……!!」 ベッドのスプリングが弾み、美紀の下敷きになった将行の身体が大きく海老反りになる。 微妙な声を漏らした後、将行は絶命した。 「……お前なあ〜、いい加減それ止めれって言ってるだろ〜がよ。俺の大事な腰痛めたらどう責任取るんだ、全く」 「知らな〜い。私のベッドで寝てるのが悪いんでしょ〜? ていうか、何でここで寝てるわけ〜?」 帰宅途中コンビニで買ったジュースを飲みつつ、ベッドの縁に腰掛けた将行の主張を一蹴する。 間延びしたゆっくり口調なので、イマイチ迫力に欠けるが。 「ああ、電子辞書借りようと思ってだな〜……。つーか、いいねえ、久美ちゃんその髪型」 「ああ、どうも」 久美子は軽く、将行の誉め言葉に応える。 美紀は話がそれたことにムッとした表情を作りつつ、文句を続けた。 「辞書借りに来て何で寝てるの〜? 浪人なのに」 「……それはだなあ、苦学生ゆえのだな〜、慢性的な寝不足だ」 「あ〜、超ウソだ! バイト友達と毎晩遊んでるくせに!」 「誤解を招く表現するな。遊ぶのは週3程度に抑えてるわい。つーわけで、久美ちゃん、また後でね〜」 へらっと笑みを浮かべて、浪人生の兄、将行は美紀の部屋から退散した。美紀は、大きくため息をつく。久美子は軽く笑った。 平和な時間が過ぎていく。 「あ〜、早く先輩に会いたいな〜」 ベッドに座りながら、美紀がため息交じりにぼやいた。 「はいはい、いいねえ、ラブラブカップルは」 いつものように、いい加減に美紀のノロケに応じる久美子。 照れたように笑う美紀。 ……けれど、これから始まる遠距離恋愛というものを、このときの美紀は分からないでいた。 |