|
月曜日、お弁当を食べ終えての昼休み。 暖房設備の無い教室内が寒いせいで、久美子と美紀、そしてクラス内でも仲の良い山下理佳と木村菜緒子の4人は、保健室に遊びに来ていた。 保健室内に設置されたテーブルを囲み、本を読んだり体温を測ったり、好き放題している。 その中で、美紀は窓際で一人、秋に買った携帯電話を耳に当てていた。 「……え? 会えないんですか?」 『ごめん、手続きの関係上、あと一日足止めをくらって。申し訳ないけど』 電話からは、耳に心地よい三月の声が聞こえる。 けれどその内容は、浮き沈みの激しい美紀を落ち込ませるに充分だった。 「……うん、しょうがないですよね。分かりました」 美紀はしょんぼりとして、電話を切った。 その様子を見守っていた三人が、美紀を手招きする。それぞれが質問したいのを我慢して、久美子が代表して美紀に声をかけた。 一度に皆が声をかけると、美紀が対応出来ないのを知っているのだ。 「何、会えないって?」 「……うん。せっかく楽しみにしてたのに、一日伸びた〜」 空いている席に座りながら、美紀は心底残念そうに言った。 「何だ、たった一日伸びただけか」 笑いながらそう言ったのは、ショートカットでハツラツとした印象の理佳である。 「え〜、でも、もう一週間も会ってないんだよお? 一日でも辛いよ」 「え、一週間もあっち行ってるの? 先輩、N県の大学だっけ?」 ショートボブの菜緒子が問う。身長が低く華奢な体つきで、少し身体が弱いらしい。いつも体温を測っているが、36度に届くことが殆ど無いくらいの低体温だ。 「うん。……ああでも、一週間ずっと向こうに行ってる訳じゃないけど〜」 「まあ、一週間会ってないってのが辛いのは分かるけど、これからもっと会えなくなる訳ジャン? このくらい平気に思えるくらいじゃないと」 理佳の言葉に、美紀はう〜ん、と言ってテーブルに突っ伏した。 実際、来学期から遠距離恋愛になることはお互い分かっていたわけだし、その覚悟が無い訳ではない。 その代わり、出来るだけこまめに電話とかメールとかすればいいのだろうけど。 「そういえば美紀、大分前、離れるほどに深まる愛〜とか何とか、言ってなかったっけ?」 久美子が茶化して言えば、美紀がのろのろと顔を上げた。 久美子の意地悪そうな顔が見える。 「う……そうだっけ〜?」 「そうそう、私が恋愛なんて会えてなんぼだって、言ったときにさ。……まあ、これから嫌っていうほど分かるんじゃン? それにしても初めての恋愛が遠距離ってのは、確かにキツイかもね。覚悟しとけ?」 そう言われて、美紀はますます不安な表情を浮かべるのだった。 「……そりゃ、辛くないことはないけどね」 三月は、持ち上げて口をつけようとしていたカップを中空で止めて、そう言った。 火曜日、放課後。 美紀は制服姿のまま、若葉通り沿いのオープンカフェで、ようやく久しぶりに再開出来た三月とデートしている。 遠距離恋愛って、辛くないですか? と、突然質問した美紀の問いに答えた三月は、コーヒーを一口飲んで、カップをソーサーに戻した。 「ああ、そっか。一週間会えなかったからね。……でも入学までの間は、いくらでも会えるじゃない」 「……そうですよね」 三月がさりげなく話をすげ替えたのに、美紀が気付くわけも無く、頷くだけに終わった。そして、ようやく笑顔を見せる。 「で、何かリクエストはある?」 「……え?」 「春休みに入れば結構な時間が取れるだろ? どこか行きたいところとかある? 今ならどんな我が侭にも応えられそうだけど」 三月はそう、自信ありげに言って、微笑んだ。 受験が終わってから、彼はCDショップでアルバイトを始めたのだ。金銭的余裕も時間も、たっぷりあるということなのだろう。 三月の言葉で、美紀の瞳は輝いた。 「ほ、本当にいいんですか? え〜? 何だか、悩む〜」 「ゆっくり決めていいよ。とりあえず、終業式までは美紀ちゃんも学校があるしね」 三月は満足そうに笑って、再びコーヒーに口をつけた。 美紀はしばしの間、春休みの計画に思いを馳せた。 『お泊りだね』 その夜、早速久美子に電話をして三月の提案のことを話すと、はっきりとそう言われた。 お風呂上り。まだ髪も濡れたままベッドに横たわり、美紀は受話器を耳に当てている。 「え、ええ? いきなり?」 動揺を隠せないまま、頭にのせたタオルで髪をぐしゃぐしゃと拭った。髪の毛がボサボサになったまま、続く久美子の言葉を待つ。 『いいじゃん、二人きりで旅行とか行ったことないでしょ? 行ってきなよ。アリバイ作りなら協力するし』 「え〜、で、でも、恥ずかしいっていうか、不安って言うか……。緊張しちゃうよ、そんなの〜」 『そう? デートの延長だって。変に緊張することないんじゃない? それにさ、あんたたち、まだなんでしょ〜?』 相変わらず意地悪な口調で、久美子の笑い含みの容赦ない質問。 美紀は赤面して、ボサボサの髪を片手で押さえつけた。 「ま、まだって、何が?」 『うわ、とぼけちゃって。まあ、いいけどさ? それはお互いのペースって奴だしね。そういうこと目的じゃなくてもさ、せっかく二人でいられるんだよ? これから先、会いたくてもすぐには会えない距離になっちゃうわけだし、一緒にいられる時くらい、べったり一緒ってのもいいんじゃん?』 そう言った久美子の言葉には、かなりの説得力があった。 美紀は何となく神妙な面持ちになりつつも、早くも頭の中で、お泊り旅行の妄想を膨らませるのであった。 |