10.

「それでは、一夏の思い出に、かんぱーい!」
 将行の音頭で、皆は乾杯する。美紀は久美子にジュースのようなものだと言って渡された、 チューハイを飲む。
「あ〜、これおいし〜」
 予想通り、美紀はそれを気に入ったようだ。
 久美子と将行、二人の策略に、はまったようなものだろう。
「まま、ウノでもやりながら話そうぜ。ちなみに勝った人はビリの奴に命令できると言うことで」
「……う、やな予感」
 美紀は嫌な顔をして呟いた。
 案の定というか、もう当然というか、ほぼ八割がた美紀はビリになっていた。
 将行と久美子には酒を一気飲みしろと命令されたが、三月先輩は、三回まわってワンなど、 比較的軽いものだった。
 久美子にしてみればそんなことを命ずる三月先輩もどうかと思ったが、それは心の中に潜めておく。
 十五回もやれば、美紀は酔いに酔って、もう呂律が回らなくなってきていた。
「も、もうだめら〜」
 美紀は人目もはばからず、畳の上にごろんと横になった。そのまま、目を閉じてしまう。
「ついに酔いつぶれたか」
 将行はニヤリとして、呟いた。
 
「それにしても、美紀のお兄さん」
「うん? そんな回りくどい呼び方しないでよ。将行でいいよ」
 酔いつぶれた美紀と、それを心配しているかのような三月を部屋に残し、二人は近くを散歩することにした。
「…じゃあ、将行さん、いったい何を企んでいるんですか?」
「企んでいるなんて心外だな〜」
 将行は少し赤い顔をして、久美子に笑いかける。
「俺は可愛い妹のためにだねえ、三月との仲を取り持ってやろうって言うんだよ、ねえ」
 将行は一人納得したように、うんうんと頷いた。
「その、三月先輩のことですが」
「はい?」  
 二人は海浜公園に辿り着き、海の見えるベンチに腰掛けた。
「あの人、本性隠してません?」  
 久美子の指摘に一度詰まった将行だったが、すぐにそれを否定する。
「いや、三月はいいやつだよ。女にももてるし」
「そのもてる三月先輩が、今フリーだとは思えないんですけど。美紀をからかっているだけなら……」
「いやいや、マジ、三月は今フリーだよ。アイツ今、告白してきた女とは付き合わないようにしているらしい。 ……変なポリシーだが。その分俺に回してくれって話だよなあ」
「はあ、そうなんですか」
 久美子はまだ何だか釈然としないようだったが、それ以上追求するのは止めた。
 喜んでいる美紀に水を差すようなことはしたくないので。 でもだからこそ、 美紀をからかっているだけなら許せなかった。
  これでも久美子は、けっこう友達思いなのである。
「それより久美ちゃんの方はどうなの、今彼氏いないんでしょ?」
「ええ、二ヶ月以上前に別れました。高校が離れてしまって、会えなくなってしまったので」
「……ああ、分かるな、その気持ち」
 将行は一瞬真面目な表情を見せて、呟いた。
 久美子はその大人びた表情に少しドキリとするが、将行はまたすぐニヤけた笑みを浮かべた。
「じゃあ、今一番君の近くにいる俺なんて、どう?」
「……」  
 久美子は呆れた顔で沈黙した。  
 
 その頃美紀は、夢の中にいた。  
 何だか体がふわふわとして、気持ちいい。  
 美紀が幼い時、はしゃぎ疲れて眠ってしまった自分を、父親がよく運んでくれた。
 その、まどろんでいるときの気持ち良さと、浮遊感の気持ち良さが、美紀は好きだった。
「……お父さん」
 美紀は呼びかけて、薄く瞳を開ける。
  開いた目の前には、濃紺のTシャツの生地が見え、そしてその暖かい感触と規則正しい鼓動に気がつく。
 彼は、ゆっくりと美紀を布団の上に横たわらせて、そして気がついた。
「ああ、ごめん、起こしちゃったか」
「……うわわわわあ! せ、先輩!」
 美紀はこれまでに無いほど赤面して、滑稽なほどに慌てふためいた。

 

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