11.

「……先、輩?」
 美紀は布団の上にペタリと座り込んで、こちらを心配そうに伺っている三月先輩を見上げる。
 そして、なぜかふらふらする頭をフルに働かせ、必死に考えていた。
 ここはどこなんだっけ? そして、何で自分は先輩と一緒に……?
「大丈夫? 美紀ちゃん」
「あ、ええと、はい……」
 ああ、これは夢か!  
 美紀はそこに思い当たって、ポンと手を合わせた。
「え……と、先輩」  
 ふいに美紀は、何かを決心したかのように真面目な表情を作って先輩に呼びかけた。
「うん?」
「私、私、先輩のこと……」
 言いかけて、しばし沈黙した後、ブンブンと頭を振る。
「いや〜! やっぱ夢でも駄目、言えないもん!!」  
 すっかりマイワールドに突入した美紀を、三月は呆れたような表情で見た。
「美紀ちゃん、まだ酔ってるみたいだね」
「……酔ってる?」  
 ぽかんとして、美紀は呟いた。  
 酔っている……自分は酔っている? これはどういうことだろう?
「じゃあ、今なら大丈夫かな?」
「え?……先輩?」  
 そうして、三月は微笑すると、美紀の方へゆっくりと近づいた。
「ど、どうしたんですか?……え、えっと、えっと」
 美紀はもはや大混乱である。
 先輩の手が美紀の肩に置かれて、美紀はビクリと体を上下させた。
 この、生生しい感触は夢じゃない。これは現実だ。さっきまで皆で飲みながらウノをしていて、 自分は寝てしまったのだ。
 美紀は、一瞬で自分の今の状況を理解した。
 ここは、私たちの、部屋。 布団が敷かれていて、先輩と二人きりで、……そして先輩の顔が近づいて来る。
 美紀は、何だか怖くなって、目を強く閉じた。
 ふわりと、今までに嗅いだことのない、石鹸の良い匂いが鼻先をくすぐった。
 
「いない」
 海から戻って来た久美子と将行は、202号室の扉を開けて、一瞬戸惑った。
 202号室はもぬけの殻だった。
  久美子の頭の中によぎったのは、あまり良い場面ではない。
「美紀は隣に戻ったとして、三月先輩は?」
「……さあ、隣か?」
 そう言う将行と目を合わせた後、久美子はやや焦りながら、隣の部屋を開けた。
美紀を酔い潰させることで、何かが起こるだろうことを期待していた二人ではあるが、 本当に、その何かが起こってしまったらやばい気がする。
「美紀、いる!?」  
 部屋の中に入って、久美子はその中を見まわした。
「……あれ?」  
 だが予想していた光景はそこになく、美紀が一人で気持ち良さそうに寝ているだけだ。
 三月はいなかった。
「何だ、変な想像して損した」
「だから言っただろ? 三月はそんな悪い奴じゃないって」
 久美子の後ろで笑って言う将行自身も、なぜだかほっとしたような表情だ。
「どうせその辺りを散歩してるんだよ。心配することねえって」
 言いながら、将行は部屋から廊下へ出る。
「そうみたいですね。……じゃあ、今日はこれで。おやすみなさい」
 拍子抜けした感じの久美子は、それだけ言って扉を閉めた。
 
「あ〜〜〜、頭痛い〜〜」
「うわ、あんた顔色悪!!」
 翌朝、美紀は金槌で叩かれているかのような頭痛と共に目を覚ました。
「あんた、今日大丈夫? 海入ったら死にそう」
「……久美子、頭痛薬持ってない〜?」
「持ってない。隣に聞いてみれば? あるかもよ?」
 久美子は美紀の反応を伺いながら、提案する。
 昨日は本当に何もなかったのだろうか。
 あの後三月は、数分ほどで部屋に戻って来た。
 将行の言う通り、散歩に出ていたらしい。
「うん、そうする……」
 美紀はそう言ってから、はたと、動きを止めた。
「どうしたの? 美紀」  
 久美子は思わず美紀の顔を覗きこむ。
「何か、昨日はすごい夢を見てたみたい……」
「何だ、夢か……夢ね、どんな?」
「先輩がキスしてきた」
「ああ、キス……。……キス、キス!!?」
 美紀は突然驚いたような久美子の顔を見て、少し笑った。
 その顔は今まで見たこともない面白い顔だった。久美子にしては間抜けな顔だ。
「夢の中だけど、何だか良い気分だったなあ……」
 本当に夢の中の出来事だったのだろうか。  
 久美子は怪しむような目で美紀を見る。
 美紀は青い顔をしながらうっとりとしていた。器用な奴だ。
「じゃあ、隣に行って来る〜」  
 一応身支度を終えた美紀は、そう言って部屋を出ていった。
(ホントに、何なのかなあ、あの子は)  
 久美子は心の中で思いつつ、首を傾げた。  

 

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