9.

 その日の夕飯は、バーベキューだった。
 海の近くのキャンプ用地を借りて、近くの魚屋で買ってきた魚介類を焼くのだ。
 その日は多少風があったので、焼く際の煙が彼らを襲い、要領の悪い美紀は頻繁にむせっていた。
「あんた風向きが変わるたびに、器用に風下に移動してるよね」
 久美子が揶揄して笑えば、美紀は言い返そうとして口を開き、またもろに煙を受けてむせりこむ。
「あーあ、あいつは本当にアホだな〜」
 将行は海老の殻を剥きながら、ため息をついた。
 全く、どう育てたらあのような天然茫然少女になるのだろう。
「美紀ちゃん、こっちへおいでよ。ここなら風も来ないし、焼けたのを渡してあげるから」
 三月先輩の優しいリード(?)で、美紀はようやく落ち着いて食べることが出来た。
 その後、大体の材料を焼き終えると、炭の火を消して皆椅子に座り込む。 将行はどこからか持ってきたビールを飲んでいた。
「さって、いよいよ今日のトリ、花火大会と行きますか〜」
 食べ終わった紙皿やゴミを片付け終わったところで、将行がそう言って立ちあがった。 傍らから大きな花火セットを取り出すと、ニンマリと笑う。
「あ〜! お兄ちゃんロケット花火をまたそんなに買ってる! 絶対に人に向けないでよ〜!」
「大丈夫だ、よけられる程度には手加減する。……まあお前は必死にただ逃げろ」
「い、嫌だよ! もう〜〜」
 そうやって始まった花火大会も、大はしゃぎで幕を閉じた。
 もちろん、主にはしゃいでいたのは将行だが。
 
 美紀はげっそりとして、久美子と共に宿泊所に戻った。
 男達はバーベキューと花火の後片付けをするため、まだ海岸の近くに残っている。
「はあ〜〜、疲れた〜」
 久美子は部屋に戻るとすぐ、畳の上に突っ伏して大きく息をつく。
「あんたの七転八倒する姿は滑稽というより何だか、哀れだったもんね」
 久美子は500mlペットボトルのウーロン茶を空けると、それを一口飲む。 そして荷物からバスタオルを取り出すと、入浴するための準備を始めた。
「私は風呂に行くけどあんたどうする?」
「う〜〜ん、あと十分ほどしてから行く……」
「分かった、じゃあ、鍵は脱衣所の私の荷物の中に入れといてよ」
「ふあ〜〜い」
 久美子はそうして、部屋を出ていった。
「あー、もう、やっぱりお兄ちゃんはろくなやつじゃない〜〜」
 美紀は一人悪態をついた。
 
 十分後風呂へ向かう途中、将行と三月先輩が帰ってきたところに出くわした。
 二人は笑いながらロビーへやってくる。
「ナンだよ、今から風呂か? 久美ちゃんは?」
「ん、先に行ってる」
「お前トロトロすんなよ〜。ただでさえ風呂が長いんだから。洗い過ぎで胸がえぐれるぞ!」
「……お兄ちゃん、セクハラ!!」
 美紀は三月先輩の手前赤面して怒ると、早足で大浴場へ向かった。
 将行は面白そうにそれを見送って、三月の方を振りかえる。
「お前、ホントにあんなのでいいのかあ? あんな、ボケボケ娘」
「そうか? それが可愛いんじゃないか」
 笑みを浮かべながら言った三月を、将行は物珍しげに見返した。
 
 美紀が浴場の中へ入ると、久美子はすでに湯船の中につかっていた。
 美紀が入ってきたのを見つけ、手を振る。
「わあ、こっち見ないでよ!」
 タオルで胸から股下まで隠していた美紀だったが、正面から見られると、恥ずかしがってそう言った。
「……あんた、中学の修学旅行はどうしてたのよ。今時、ホント珍しい人種だね、あんた」
 美紀は桶を持って、目立たないよう端の方へ移動すると、シャワーの前に座り込んでお湯を出した。 頭からザ〜っとかけていく。
 久美子はその様子を見ていた。
 最初は一緒に出ようかとも思ったが、美紀があまりにもチンタラとしているので、のぼせてしまいそうになる。
 十分経っても湯船につかってこない美紀を見て、久美子はいい加減浴槽から上がった。
「先部屋に帰ってるからね〜」
 洗顔していた美紀にそういって、久美子は上がった。
「ふぁ〜〜」 という返答が美紀から返ってきた。
 
 美紀が部屋に戻ると、久美子はすっかり髪を乾かし終わって、テレビを見ていた。
 さらに、二人分の布団もすでに敷き終わっている。
「ようやく出てきたか。あんた長風呂だね」
「長くしたくなくても、長くなっちゃうんだよ〜」
 この辺りの自分のトロさは自覚しているらしい。
「さて、じゃ、隣に行くよ」
  久美子はテレビを消して立ち上がった。
「へ? ナンで?」
「あの二人、酒を買ってきたみたいだよ。四人で飲もうって、さっき兄ちゃんが」
「え、ええ〜、私お酒なんて飲めないよ〜」
「ん〜? ジュースもあるんじゃない?」
 久美子は適当に返答し、美紀を促した。
「あ、着替えなきゃ……」
「そのままでいいよ。あとは寝るだけなんだし」
 美紀の格好はパジャマで、久美子はハーフパンにTシャツ姿である。
「え〜? でも〜」
「ほらほら、あんたが遅いから三月先輩は待ちくたびれてるよ。さっさと行く!」
「え、先輩が、私を待って……?」
 うっとりしかけた美紀を引きずるようにして、久美子は隣の部屋を訪れた。

 

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