|
「久美子、ここ違ってるよ」 「……え、あ、ホントだ」 二人は夏休みの終わり間近、ファミリーーレストランで宿題の写し合いをしていた。 数学に、英語、国語の三つのテキストがテーブルの上に広がっている。 久美子は美紀に指摘されたところを、直すでもなくボーっと眺めている。ドリンク・バイキングのグラスに入った氷を、ストローでつつきながら。 グラスの中はもう空になっていた。 「何か久美子、元気ない?」 美紀は少しボーっとした感じの久美子の顔を覗き込み、心配そうに尋ねる。 その言葉に久美子は慌てて視線を上げた。 「ええ? そんなことないよ。……ああ、ちょっと夏ばて気味だけど。そういえばさあ、あんたこの間先輩とデートしたんだって?」 「デ、デートなんてそんなもんじゃないよ〜。映画見ただけだし…」 「……それをデートっていうんじゃないの?」 デートという言葉事体古いもののような気もするが、他に言葉も見つからない。 まあ美紀の考え方事体、かなりの時代遅れだからいいだろう。 「でも、ホントに映画見ただけだったよ。その後何もなかったし」 「何もなかったって、……じゃあ、何があることを期待してたのさ」 「え! それは、その……公園を歩いたりとか、その時に手をつないじゃったりとか〜」 そのあともぼそぼそと続けていたが、声が小さ過ぎて聞き取れなかった。 俯いて、やや赤面している。 「手を、ねえ……小・中学生か、あんたは」 久美子は白けた目で美紀を見た。 何だか、いつもより反応が冷たい。夏ばてしているからであろうか。 というか美紀はいつも、久美子のつっこみを愛情としてうけとっているので、今日の反応には首を傾げる。 つっこまれてはいるが、何だか覇気がない。 「じゃあ、久美子だったら何を期待するわけ〜?」 美紀は気を取り直して反抗したが、久美子は笑うでもなく、言う。 「あんたはお子ちゃまだから、教えない」 「……うわ、ひっど! 久美子、冷たい」 「あはは、冗談だって。まあ、いいじゃん、映画を見れただけでも。……まあ、何も喋らないし映画に集中しにくいしで、ある意味、デートとしては最悪だけどね」 「うう〜、相変わらず毒舌だあ〜」 美紀はついにテーブルに突っ伏した。 確かに、久美子の言うとおりかも知れない。 三月先輩とは海から帰ってきた後も、ほとんど進展がない。映画を見に行ったのも、兄将行のセッティングで行ったのだ。 「でも、先輩は何を考えてるんだろうねえ」 久美子はしみじみと言った。 それには美紀も同意見である。期待してもいいのか、 それとも適当にあしらわれているだけなのか、分かりかねた。 「はあ、どうなんだろうなあ……。でも私もまだ告白してないし」 「……あ、それはやめた方がいいかもね」 久美子の言葉に、美紀は顔を上げる。 「え?」 「先輩、コクって来た女とは付き合わないってポリシーがあるらしいよ。この前あんたの兄ちゃんから聞いた」 「うそ〜。じゃあ、どうすればいいの〜?」 「まあ、あんたが先輩のこと好きだっていうのは、もうばれてるとは思うけど。 っていうかあんた、あからさまだし」 「じゃあ、もうだめかな〜?」 美紀は泣きそうな、何とも情けない顔をつくった。 「う〜〜ん、先輩があんたのこと気に入れば、先輩の方から言ってくるんじゃない?」 「じゃあ、私先輩から告白されちゃうんだ……何だか、それもいいなあ」 美紀は目を輝かせて呟いた。美紀得意の、乙女の瞳である。 このまま一生告白されない、という可能性を考えないのだろうか。 「とにかく、せいぜい嫌われないようにするんだね。私はそんなご機嫌取りみたいなことはしたくないけどさ」 「私だって、そんなのは嫌だよ」 美紀は一転、むくれた表情で言う。どうやら表現の仕方が気に入らなかったらしい。 「じゃ、言い直す。先輩を誠心誠意、好きでいなさい。さすれば道は開く」 久美子の言い方は何となく適当だったが、とりあえず美紀は笑って頷いた。その表情は、 何とも生き生きとしていて可愛らしい。 そんな美紀を見て、久美子はやや口の端に笑みを浮かべた。美紀は初めて見るその表情に、 少しドキドキする。前から久美子は大人っぽい子だと思っていたが、こんな表情をするなんて、 何だか寂しかった。 しかしそんな久美子の表情もすぐに消えて、久美子は席を立つ。 グラスを持っていたので、ドリンクをお代わりに行くのだろう。 「あんたも飲む?」 「うん、じゃあ、オレンジジュース」 「……オレンジ好きだね。何杯目だっけ? 五杯目?」 「いいの〜! 炭酸はちょっと苦手だし、お茶は損したような気がするから駄目なの」 妙なところで貧乏臭いことを言うものだ。 久美子はやや呆れつつ、二つのグラスを持って向こうに消えた。 |