13.

「久美子、ここ違ってるよ」
「……え、あ、ホントだ」
 二人は夏休みの終わり間近、ファミリーーレストランで宿題の写し合いをしていた。
 数学に、英語、国語の三つのテキストがテーブルの上に広がっている。
 久美子は美紀に指摘されたところを、直すでもなくボーっと眺めている。ドリンク・バイキングのグラスに入った氷を、ストローでつつきながら。
 グラスの中はもう空になっていた。
「何か久美子、元気ない?」
 美紀は少しボーっとした感じの久美子の顔を覗き込み、心配そうに尋ねる。
 その言葉に久美子は慌てて視線を上げた。
「ええ? そんなことないよ。……ああ、ちょっと夏ばて気味だけど。そういえばさあ、あんたこの間先輩とデートしたんだって?」
「デ、デートなんてそんなもんじゃないよ〜。映画見ただけだし…」
「……それをデートっていうんじゃないの?」
 デートという言葉事体古いもののような気もするが、他に言葉も見つからない。 まあ美紀の考え方事体、かなりの時代遅れだからいいだろう。
「でも、ホントに映画見ただけだったよ。その後何もなかったし」
「何もなかったって、……じゃあ、何があることを期待してたのさ」
「え! それは、その……公園を歩いたりとか、その時に手をつないじゃったりとか〜」
 そのあともぼそぼそと続けていたが、声が小さ過ぎて聞き取れなかった。
 俯いて、やや赤面している。
「手を、ねえ……小・中学生か、あんたは」
 久美子は白けた目で美紀を見た。
 何だか、いつもより反応が冷たい。夏ばてしているからであろうか。
 というか美紀はいつも、久美子のつっこみを愛情としてうけとっているので、今日の反応には首を傾げる。
   つっこまれてはいるが、何だか覇気がない。
「じゃあ、久美子だったら何を期待するわけ〜?」
 美紀は気を取り直して反抗したが、久美子は笑うでもなく、言う。
「あんたはお子ちゃまだから、教えない」
「……うわ、ひっど! 久美子、冷たい」
「あはは、冗談だって。まあ、いいじゃん、映画を見れただけでも。……まあ、何も喋らないし映画に集中しにくいしで、ある意味、デートとしては最悪だけどね」
「うう〜、相変わらず毒舌だあ〜」
 美紀はついにテーブルに突っ伏した。
 確かに、久美子の言うとおりかも知れない。
 三月先輩とは海から帰ってきた後も、ほとんど進展がない。映画を見に行ったのも、兄将行のセッティングで行ったのだ。
「でも、先輩は何を考えてるんだろうねえ」
 久美子はしみじみと言った。
 それには美紀も同意見である。期待してもいいのか、 それとも適当にあしらわれているだけなのか、分かりかねた。
「はあ、どうなんだろうなあ……。でも私もまだ告白してないし」
「……あ、それはやめた方がいいかもね」
 久美子の言葉に、美紀は顔を上げる。
「え?」
「先輩、コクって来た女とは付き合わないってポリシーがあるらしいよ。この前あんたの兄ちゃんから聞いた」
「うそ〜。じゃあ、どうすればいいの〜?」
「まあ、あんたが先輩のこと好きだっていうのは、もうばれてるとは思うけど。 っていうかあんた、あからさまだし」
「じゃあ、もうだめかな〜?」
 美紀は泣きそうな、何とも情けない顔をつくった。
「う〜〜ん、先輩があんたのこと気に入れば、先輩の方から言ってくるんじゃない?」
「じゃあ、私先輩から告白されちゃうんだ……何だか、それもいいなあ」
 美紀は目を輝かせて呟いた。美紀得意の、乙女の瞳である。
 このまま一生告白されない、という可能性を考えないのだろうか。
「とにかく、せいぜい嫌われないようにするんだね。私はそんなご機嫌取りみたいなことはしたくないけどさ」
「私だって、そんなのは嫌だよ」
 美紀は一転、むくれた表情で言う。どうやら表現の仕方が気に入らなかったらしい。
「じゃ、言い直す。先輩を誠心誠意、好きでいなさい。さすれば道は開く」
 久美子の言い方は何となく適当だったが、とりあえず美紀は笑って頷いた。その表情は、 何とも生き生きとしていて可愛らしい。
 そんな美紀を見て、久美子はやや口の端に笑みを浮かべた。美紀は初めて見るその表情に、 少しドキドキする。前から久美子は大人っぽい子だと思っていたが、こんな表情をするなんて、 何だか寂しかった。
 しかしそんな久美子の表情もすぐに消えて、久美子は席を立つ。
 グラスを持っていたので、ドリンクをお代わりに行くのだろう。
「あんたも飲む?」
「うん、じゃあ、オレンジジュース」
「……オレンジ好きだね。何杯目だっけ? 五杯目?」
「いいの〜! 炭酸はちょっと苦手だし、お茶は損したような気がするから駄目なの」
 妙なところで貧乏臭いことを言うものだ。
 久美子はやや呆れつつ、二つのグラスを持って向こうに消えた。

 

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