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学校が始まった。 初日だというのに、テストだ。 普段の美紀の学力は良くもなく、ひどく悪くもない。それでも今回に限り、 必死に勉強したのでそれなりに出来たと思う。 最後の教科、英語のテスト用紙を提出後、美紀は席を立った。トイレに行くのだ。 真っ直ぐに教室を出て、トイレに向かう。 用を足して教室に戻ったところ、その後方の扉のところに、見知った顔。 しかも愛しの人の顔をみつけ美紀の心臓は飛びあがった。 手にしていたハンカチをスカートのポケットに押し込むと、髪の毛を何となく手で整えて、 そこに近寄っていく。 三月先輩がこちらを振り返った。 「あ、来ましたね」 そういったのは、久美子だ。三月先輩の正面に立っている。 「じゃ、私はこれで」 「ああ、ありがとう」 久美子が教室の中に戻っていった。 「……み、三月先輩。どうしたんですか?」 「うん、美紀ちゃんに、用があってね」 三月先輩は軽く微笑むと、美紀の方に向き直った。 暑いため、Yシャツの首元のボタンは外されている。ネクタイも緩められていた。 それでもだらしなく見えないのは、さすが三月先輩というところか。 美紀はそんな三月先輩の姿を見てやや緊張気味に、笑顔を作る。 「用って、何ですか〜?」 「明後日の土曜日の夕方、暇?」 「えっと、はい」 「じゃあ、一緒にライブに行かない? 友達がやってるインディーズ・バンドなんだけど、 チケット押し付けられてね」 「行きます!!」 即答である。 三月先輩のことを好きな美紀にしてみれば、この手の誘いを断るわけがない。 ライブなんて行ったこともなかったけれど。 「そう? 良かった。じゃあ、土曜日の五時頃、家まで迎えに行くから」 「はい、有難うございますう」 そうして歩き去って行く三月先輩を見送って、美紀は教室に足を踏み入れる。 と、その直後やや驚いて足を止めた。 「ちょっと、美紀〜〜! 今の何よ!」 「あれ、三月先輩でしょ!? あんたどういう仲なの?」 クラスの女子達が、美紀の正面に押し寄せていた。 美紀はどう返答したらいいのか分からなくて、ただ立ち尽くす。 そこへ、久美子が来てくれた。 「美紀のお兄ちゃんが、先輩と友達なんだって。それでちょっと付き合いがあるみたいよ。ね、 美紀」 「う、うん、そう」 その後も美紀は皆から質問攻めにされたが、帰りのSHRのため先生が来てしまったので、 そこで打ち切りにされた。 「先輩って、やっぱ人気者なんだね〜。皆名前知ってるもんね」 久美子と教室から出ながら、美紀は感心したかのようにそう言った。 そんな三月先輩と海に行ったり、映画を見たりすることが、本当に特別なことなんだと実感する。 こればかりは兄に感謝するしかない。 「そうだね〜結局今年のインターハイでもいい成績おさめたし、受験の方もね。推薦でW大、 ほぼ確実だってね」 ちなみにこの高校は県内でもトップクラスの進学校である。 「え? ホント? 何で久美子そんなこと知ってるの? はっ、まさか久美子も隠れ三月先輩ファン!?」 美紀が大げさに身を引いて驚くので、久美子は呆れて立ち止まった。 「んなわけないでしょ? 何ふざけた事言ってんの。三月先輩のことなんてこれっぽっちも興味ないね。 ……さっきあんたがトイレ行ってた間、三月先輩と少し話したから、その時聞いただけ」 「これっぽっちも……って、久美子、ブサ専?」 「ブサ専、何……」 久美子は大きくため息をついて、歩き出した。おそらく、「ブサイク専門」を略してブサ専なのだろう。どこで仕入れた用語なのかは知らないが。 「だってさあ、三月先輩のこと全く興味ない人なんているのかなあ。あんなにかっこよくて優しくて、 文武両道だし、誰だって好きになるんじゃないの?」 美紀は久美子の隣に並んで口を尖らせた。 そして自分で言ってから、なにやら不安になってしょんぼりする。久美子はそんな美紀を内心呆れながら、 見た。 「そんなの人ぞれぞれでしょ。あんた、私が三月先輩のこと好きでいて欲しいわけ?……ま、 そういうことなら考えてみなくもないけど?」 久美子が意地悪そうな笑みを浮かべたので、美紀はあわあわと、頭を横に振った。 「そんな、久美子がライバルなんて嫌だよ〜! 勝ち目なさそうだし……」 「あれ、そんな簡単に負けを認めるんだ。あんたも、それほど先輩のこと好きってわけじゃないんじゃない?」 「ひっど〜!! 先輩のこと好きなことにかけては誰にも負けないもん!」 「あはは、なら、いいんじゃない? 第一あんたはそこらの女子よりも、かなりリードしてるわけだし?」 「……そう、かな? そうだよね! よ〜〜し、頑張るぞ! とりあえず、明後日に向けて、 お風呂で顔面マッサージする!」 「……ま、いいんじゃない?」 やはり、久美子の顔はやや呆れ気味だった。 |