15.

 学校が始まった。
 初日だというのに、テストだ。
 普段の美紀の学力は良くもなく、ひどく悪くもない。それでも今回に限り、 必死に勉強したのでそれなりに出来たと思う。
 最後の教科、英語のテスト用紙を提出後、美紀は席を立った。トイレに行くのだ。 真っ直ぐに教室を出て、トイレに向かう。
 用を足して教室に戻ったところ、その後方の扉のところに、見知った顔。 しかも愛しの人の顔をみつけ美紀の心臓は飛びあがった。
 手にしていたハンカチをスカートのポケットに押し込むと、髪の毛を何となく手で整えて、 そこに近寄っていく。
 三月先輩がこちらを振り返った。
「あ、来ましたね」
 そういったのは、久美子だ。三月先輩の正面に立っている。
「じゃ、私はこれで」
「ああ、ありがとう」
 久美子が教室の中に戻っていった。
「……み、三月先輩。どうしたんですか?」
「うん、美紀ちゃんに、用があってね」
 三月先輩は軽く微笑むと、美紀の方に向き直った。
 暑いため、Yシャツの首元のボタンは外されている。ネクタイも緩められていた。 それでもだらしなく見えないのは、さすが三月先輩というところか。
 美紀はそんな三月先輩の姿を見てやや緊張気味に、笑顔を作る。
「用って、何ですか〜?」
「明後日の土曜日の夕方、暇?」
「えっと、はい」
「じゃあ、一緒にライブに行かない? 友達がやってるインディーズ・バンドなんだけど、 チケット押し付けられてね」
「行きます!!」
 即答である。
 三月先輩のことを好きな美紀にしてみれば、この手の誘いを断るわけがない。
 ライブなんて行ったこともなかったけれど。
「そう? 良かった。じゃあ、土曜日の五時頃、家まで迎えに行くから」
「はい、有難うございますう」
 そうして歩き去って行く三月先輩を見送って、美紀は教室に足を踏み入れる。
 と、その直後やや驚いて足を止めた。
「ちょっと、美紀〜〜! 今の何よ!」
「あれ、三月先輩でしょ!? あんたどういう仲なの?」
 クラスの女子達が、美紀の正面に押し寄せていた。
 美紀はどう返答したらいいのか分からなくて、ただ立ち尽くす。
 そこへ、久美子が来てくれた。
「美紀のお兄ちゃんが、先輩と友達なんだって。それでちょっと付き合いがあるみたいよ。ね、 美紀」
「う、うん、そう」
 その後も美紀は皆から質問攻めにされたが、帰りのSHRのため先生が来てしまったので、 そこで打ち切りにされた。
 
「先輩って、やっぱ人気者なんだね〜。皆名前知ってるもんね」
 久美子と教室から出ながら、美紀は感心したかのようにそう言った。
 そんな三月先輩と海に行ったり、映画を見たりすることが、本当に特別なことなんだと実感する。 こればかりは兄に感謝するしかない。
「そうだね〜結局今年のインターハイでもいい成績おさめたし、受験の方もね。推薦でW大、 ほぼ確実だってね」
 ちなみにこの高校は県内でもトップクラスの進学校である。
「え? ホント? 何で久美子そんなこと知ってるの? はっ、まさか久美子も隠れ三月先輩ファン!?」
 美紀が大げさに身を引いて驚くので、久美子は呆れて立ち止まった。
「んなわけないでしょ? 何ふざけた事言ってんの。三月先輩のことなんてこれっぽっちも興味ないね。 ……さっきあんたがトイレ行ってた間、三月先輩と少し話したから、その時聞いただけ」
「これっぽっちも……って、久美子、ブサ専?」
「ブサ専、何……」
 久美子は大きくため息をついて、歩き出した。おそらく、「ブサイク専門」を略してブサ専なのだろう。どこで仕入れた用語なのかは知らないが。
「だってさあ、三月先輩のこと全く興味ない人なんているのかなあ。あんなにかっこよくて優しくて、 文武両道だし、誰だって好きになるんじゃないの?」
 美紀は久美子の隣に並んで口を尖らせた。
 そして自分で言ってから、なにやら不安になってしょんぼりする。久美子はそんな美紀を内心呆れながら、 見た。
「そんなの人ぞれぞれでしょ。あんた、私が三月先輩のこと好きでいて欲しいわけ?……ま、 そういうことなら考えてみなくもないけど?」
 久美子が意地悪そうな笑みを浮かべたので、美紀はあわあわと、頭を横に振った。
「そんな、久美子がライバルなんて嫌だよ〜! 勝ち目なさそうだし……」
「あれ、そんな簡単に負けを認めるんだ。あんたも、それほど先輩のこと好きってわけじゃないんじゃない?」
「ひっど〜!! 先輩のこと好きなことにかけては誰にも負けないもん!」
「あはは、なら、いいんじゃない? 第一あんたはそこらの女子よりも、かなりリードしてるわけだし?」
「……そう、かな? そうだよね! よ〜〜し、頑張るぞ! とりあえず、明後日に向けて、 お風呂で顔面マッサージする!」
「……ま、いいんじゃない?」
 やはり、久美子の顔はやや呆れ気味だった。

 

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