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店から出ると、二人は並んで駅に向かって歩き出した。 これからもう帰るのだと思うと、少しほっとする反面、酷く残念に思う自分もいる。 三月先輩と話している間は、本当に楽しかったと思う。ドキドキしながらのたわいのない世間話。 でもその世間話の最中、ふと考えてしまった。 三月先輩は自分をどう思っているのか。 美紀は何気なく三月先輩を見上げた。 背が高くて、カッコ良くて、優しい先輩。 期待していいのか、それともそういうふうには見てくれていないのか、さっぱり分からなかった。 告白してきた女とは付き合わない。 そんな先輩のポリシーを知ってしまった以上、自分からはどうしていいのか分からない。 三月先輩が優しいのは誰にでもそうなんだろうし、自分とこうして付合ってくれるのも、 将行に頼まれているからだけなのだろうかと思うと、いくらボケボケの美紀だって少しは不安になるものだ。 もちろん贅沢な悩みであることは分かっているけれど。 「あの〜、これから、どうしますか?」 帰るのだろうと思う。けれど、少しの期待を込めて、美紀はそう尋ねた。 「美紀ちゃんは、どうしたい?」 「え?」 質問を質問で返されるとは思っていなくて、美紀は少し戸惑った。 どうしたいって……、どうしたいのだろう。 このまま帰りたくはない。けれどもこれからどうしたいのかは分からなかった。 だから思わず、立ち止まってしまう。 三月先輩も美紀の数歩先で止まって振りかえった。 街のネオンが点滅している。 背広を着た会社帰りのサラリーマンや、予備校帰りの高校生たちがすれ違っていく。 視線を感じた。 それはそうだろう。 先輩は誰が見たってカッコイイと思うだろうし、その先輩がこんな貧相な自分と向き合って立ち止まっていたら、どうしたって目を引く。 「ごめん、何か困らせちゃったかな」 三月先輩の方が困っているだろう。美紀は恥ずかしくなって、顔を上げることが出来なかった。 「そ、そんな、こっちこそ〜。……もうこんな時間だし、帰りますよね」 もう9時を過ぎているかもしれない。美紀の家には門限とかいうものはないが、普通だったら出歩いていてはいけない時間なのでは、と思う。 ふう、とため息をついて、美紀は歩き出した。顔を上げて、先輩を促すようにして駅へ向かう。 と、その腕を後ろから掴まれた。 驚いて振りかえると、三月先輩はそっと手を離し、それを頭にやった。少し言いにくそうな表情で、口を開く。 「まだ大丈夫なら、もう少し付き合って貰おうかな。えっと、どうしようか。今からだと……」 「あ、あの、若葉通りの公園に行きたいんですけど!」 もちろん、美紀の頭の中にあったのは、「公園を歩いて手をつなぐ」という、久美子の言うところの小・中学生的恋愛の構想であった。 若葉通りは商店街の間を通る、少し綺麗に舗装された通りで、その通りは公園に行きついている。 公園の真ん中には大きめの噴水があって、10時までライトアップされているのだ。 美紀は三月先輩の隣を歩きながら、獲物を狙う鷹のような目で先輩の手を見つめていた。 さっき悩んでいたことなどは、もう頭の中には残っていないようである。 やっと本調子に戻った、というべきか。 しかしながら公園に辿りつくと、美紀は噴水に心を奪われた。 ライトアップをされるという話は聞いていたが、実際に見たことはなかったからだ。様々な色の光が噴水を飾っていて、結構感動的な光景だった。 「うわ、うわ〜先輩! 綺麗ですねえ〜」 美紀は三月先輩と噴水を交互に見て、声を上げた。 「ああ、そうだね」 三月先輩は、美紀の方を見て柔らかに笑んでいる。 思わすはしゃいでしまった美紀は少し恥ずかしくなって、照れたように笑った。 三月先輩が、美紀の隣に並ぶ。 噴水の前で二人、ただ立っていた。 もちろん、美紀の心中は穏やかではない。 この沈黙をどう過ごすべきか、何かを話すべきか、いや、やっぱりここは手をつないでおくべきか……いやいやでも、そんなこと自分に出来るわけが! どきどきどきどきどきどき…… 「……美紀ちゃん」 「うあっ、はぁい!!」 美紀の返事に、先輩の肩が驚いたように上下した。 裏返った声でおかしな返事をした後で、美紀はカーっと頭に血が上るのがわかる。 再び沈黙した。恥ずかしくて、先輩の顔も見れない。 もう、今日は恥ずかしいことばかりだ。 何度も転びそうになるし、街の中で突然立ち止まっちゃうし、噴水を見ただけではしゃいじゃうし…… おまけに変な声を上げて。 三月先輩もさぞ呆れていることだろう。 ああ、もう。 理想通りになんてちっともいかない。 ふと我に返ると、先輩は自分から顔を背けて、肩を小刻みに揺らしていた。 どうしたのだろう。具合でも悪いのだろうか。 それとも怒っているのかも知れない。自分のおかしな態度に戸惑わされて、怒っているのかも…… 美紀は少し不安になって、先輩の様子を伺った。 |