18.

 ぶはっ、という声が聞こえたのは、そのすぐ後である。
 何かを堪えきれずに、吹き出してしまったと言う感じ。
「〜〜はっ、もう駄目だ、我慢できない。……はあ、美紀ちゃんって本当に面白いね。いや、 ごめんね。堪えきれなくて」
 そういった後も、三月先輩は苦しそうに腹を押さえながら、一頻り笑っていた。
 美紀はというとその間、やや茫然と三月先輩を見守っていた。
 いつも穏やかに笑みを浮かべるくらいの余裕を保っていた先輩が、今は爆笑している。 しかもどうやら、原因は自分にあるらしい。
 どうしていいものやら、美紀にはさっぱり分からなかった。
「あ、あの〜〜」
 やがて三月先輩の笑いが収まったころ、美紀は恐る恐る声をかける。
 先輩は息を整えながら、軽く涙を拭っていた。
「いや、ほんとごめん。怒った?」
「いえ〜、え……っと? でも何だかウケたようで嬉しいです」
 照れ笑いをして、そう言った。自分でも何かがずれているような気もしたが。
 そんな言葉に先輩は更に笑った。
「そんなに面白かったですかあ?」
「……うん、それはもう。だって、美紀ちゃん裏返ってたし。何でそんな反応するかな。 呼びかけただけなのに」
「そ、それはだって……」
 先輩のことが、好きだから。
 その言葉を飲み込む。
 飲み込んでしまうと、他の言葉も出てこなくなってしまった。
 再び沈黙が二人の間を流れる。美紀はそんな状態に耐えきれず、何気に噴水を見上げた。
「美紀ちゃん、あっちの方にベンチがあるから、座ろうか」
 三月先輩がそう言った時。
 先輩の手が、美紀の手を取った。
 そうして、歩き出す。
「○×▲□☆◎▲……!」
 この時の美紀は、もはや天まで昇ったといっても過言ではなかろう。
 
「じゃあ、先輩、今日はこれで」
 美紀の家から十メートルほど手前、美紀は三月先輩にぺこりと一礼してにっこりと笑った。
 あれから美紀は極度の緊張と、昇天による弛緩でもう何が何やら分からなくなり、 結局その様子を三月先輩に心配されて帰ることになった。
 家の前まで送ってもらって、美紀は三月先輩に別れを告げる。
「ああ、お休み」
 三月先輩もそう笑って、踵を返した。
 美紀はその背中を見送る。
 と、「ああそうだ」と言って三月先輩が美紀を振りかえった。
「今日は楽しかった。また一緒に、どこか行こうね」
「え……あ、はい! あの、でもその……」
「うん?」
 美紀が躊躇っている様子を見て、三月先輩は再び美紀の傍に歩み寄ってきた。
 美紀は意を決したように、言う。
「先輩は、私のことどう思っているんですか? その、私……」
「美紀ちゃん」
「はいっ」
 今度は裏返らなかった。 ほっとしていたら、先輩の手が目の前に伸びてきて、思わずびくっと体を硬直させる。
 ぽんと、頭の上に手のひらが置かれた。
「せ、先輩……?」
「美紀ちゃんが聞きたいことは何となく分かる。…分かっているから、悪いけど、 もう少し待ってくれるかな?その時が来たら、俺のほうからちゃんと言うから」
「……」
 今、何て言われたのだろうか。頭の中が整理されない。
 何て言って、それはどういう……?
「……月曜日、一緒に帰ろうか。何か予定ある?」
「な、ないです」
「そう、良かった。それじゃあ、お休み」
 キス、された。
 ……額に。
 ……  
 …………  
 ………………  
 その後美紀は、一時間ほど茫然とそこに立っていたという……

 

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