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「へえ。そんなことがあったんだ。ていうかあんた、入学式出てなかったの?」 久美子の呆れたような表情に、美紀はうっ、と言葉に詰まる。 「だって、お腹痛かったんだもん〜」 「……あんたらしいわ。下痢ピーで入学式に出られず」 「く、久美子、下品だよ!」 「本当のことじゃ〜ん。ま、いいや。それで? どんなことを話したの?」 「えっとねえ。え〜と……。何だか緊張してたからあんまり覚えてないんだけど〜」 ベンチに座って、二人は他愛のないことを話した。この学校の校則のこととか、先生のこと。 通り一遍の質問をしたあと、美紀は思いきって、こんなことを聞いてみた。 「先輩は、学校が好きですか?」 突然、美紀から核心的な質問を受けた先輩は、少し戸惑いながら質問に答える。 「うん? う〜〜〜ん、どうかな。好きかって言われると、微妙だけど。星野さんは?」 「私は、……実は苦手なんです。私って昔からとろくて、ぼうっとしてるから、 皆から嫌われたりして。いじめられるってほどじゃなかったんですけど」 「……そうなんだ。じゃあ、何で進学したの?」 「それは〜それが、当たり前のことだったから」 「勉強は好き?」 「実を言うと、勉強も苦手で。何の取り柄もないし、友達作るの苦手だし、 勉強も出来ないしで……本当は今日来るのがイヤだったのかも知れません」 言いながら、先輩の顔を伺った。先輩は嫌そうな顔ひとつせずに、真剣に話を聞いてくれているようだった。 「そうか……」 「でも、何か、ここに来たらそんな気持ちも晴れてきました。桜も綺麗だし、雰囲気に飲まれたっていうか……」 それに、先輩に出会えたし。 「……なら、大丈夫じゃないかな」 「え?」 「きっと、すぐに友達も出来るよ。自信を持って、笑顔でいれば、きっと大丈夫だと思う。 気持ちの持ちようなんだと思うし」 「そう、ですか?」 「ネガティブなことしか考えられない人って、周りにもそういう思いをさせちゃうらしい。 本当は皆そんなこと考えたくないのに、伝染させられそうになるから、だから遠ざけようとするんだって。 逆に明るく前向きでいられたら、自然に周りから人が集まってくる」 それを聞いたら、本当に、目から鱗が落ちたような気分になった。 自分に自信がなくて、 おどおどしてきた自分。 そんな私が皆から嫌われるのは当然だと思っていたけれど、 自信がないのは皆同じだったんだ。だから、目に見えてネガティブな人に近寄らないようにする。 自分がそれに引きずり込まれたくはないから。 「そういうことなんですね」 そういうことを言ったら、先輩は少し驚いたような表情を一瞬見せて、そして頷いた。 「私、今日入学式に出られなくて、本当に良かったです〜。じゃなかったら、先輩に会えなかったから。 何だか、高校生活が楽しみになってきました。……先輩のおかげです!」 「そう?……そこまで言われると、何だか複雑だけど。俺だって、大した人間じゃないからね。 さっき言ったことも、知り合いの、受け売り」 先輩はそう言って、苦笑した。 やがて時間がきてしまい、体育館に案内されてからはもう、先輩とは会えなかった。 あの、雨の降る日曜日の昼下がり……。あの時までは。 「へえ〜、いい事言うねえ。先輩ってば」 「あの言葉がなかったら、久美子とも仲良くなれなかったかなあ、なんてね。今でも思うよ」 「そうだねえ。あんたの能天気さは、先輩のおかげだったんだね。それはもう心配で心配で、 目が離せなかったから」 「ええ〜〜? 心配で、って、どういうこと〜!」 美紀の抗議を聞いて、久美子は少し思い出し笑いをしつつ、身を起こして話し始めた。 「あんたさあ、覚えてる? 最初にあんたと私が話した時」 「…ん〜? いつだったっけ?」 「入学式のあと、教室に行って。トイレ休憩の時だよ。……あんたさあ、トイレでつまずいたんだよね! で、私にしがみついてきたの!」 「……そ、そういえばそうだったかも〜」 「でさあ、そんであんた慌てて私から離れようとして、また転びそうになったんだよね。 で、それを私が捕まえてやってさあ。……あんた顔真っ赤にして」 『ごごご、ごめんなさい! 私、星野美紀と申すます!……と、友達になって下さい!』 「……申すます、だよ? 何なのさ、申すますって。何弁なのよ。しかも突然友達になって下さいだもん。 こっちも唖然としたよ。更にあんた、その後晴れ晴れしくにっこり笑ってさあ」 「も、もういいよ、その話は……」 美紀は視線をさまよわせて、落ちつきなくもぞもぞ動いた。 「いやあ、あの時私、どうしようかと思ったもん。結局勢いに押されて今に至るけどさあ」 「だから、もういいってえ!」 美紀はそう叫んで、枕に突っ伏してしまった。 あはは、と久美子の笑い声が聞こえた。 |