24.

「あ〜、じゃあ俺、そろそろ帰るわ」
 学校帰り、ゲームセンターの前で、将行は数人の友達と別れた。もう空は薄暗く、会社帰りのスーツ姿の男女がちらほら目に付く。
「やべ、遅くなったかな?……って、俺、携帯を家に忘れたんだっけ」
 時間を見ようとして、そのことに改めて気が付いた。
 腕時計をする習慣はない。普段は携帯を時計代わりにしているので、携帯を忘れると時間が分からない。
 それにしても、携帯を忘れると何となく不安だ。誰かから着信があったり、メールが入ってたりするかもしれない。
 けれど、まあ、大丈夫だろう。
 携帯にかけてくるような友達とは今別れたばかりだし、彼らには携帯を忘れたことを言ってある。
 入ってくるメールも、迷惑メールが大半だし。
 そう思っていたら、タイミング良く、時計屋のショーウィンドウの前を通りかかった。
 時計を見るふりをして、時間を見る。
 時計の針は、6時45分を示していた。

「あれ? 将行さん?」
 呼びかけられて振り向けば、そこには制服姿の久美子が立っていた。まあ、こっちも同様制服姿なのだけれども。
「あ〜、久美ちゃん。何、買い物?」
 時計屋の中から出てきた久美子の手には、LUKIAの文字が書かれた小ぶりの紙袋があった。
 将行はショーウィンドウから目を離すと、久美子と向かい合う。
「ああ、まあちょっと」
「へ〜偶然だねぇ。で、久美ちゃん、これからの予定は?」
 突然そんなことを聞かれて、久美子は少し笑いながら答えた。
「そろそろ帰ろうかと思ってたところですけど」
「じゃあ、どっか寄ってかない? 俺おごるし」
「……ん〜、じゃあ、ごちそうになります」
 むげに断るのも躊躇われたので、久美子は軽い気持ちで誘いに乗ることにした。

「いや〜、でも久しぶりだね。海以来? 学校同じだけど全然会わんね」
「そうですね。まあ、三年と一年じゃ階が違いますしね」
 結局入ったのは近くにあったミスタードーナッツで、将行はエンゼルショコラとゴールデンチョコレートにウーロン茶、久美子はバナナマフィンに紅茶を頼んでいた。
「それにしても、甘党なんですね」
「……あ〜、まあね。好きなんだよね、ドーナツ」
「私の知り合いの男は、甘いもの全然駄目で。ミスドに来てもしょっぱいものしか頼みませんでしたよ」
「あ〜、えびグラタンとか? あれはあれで美味いけどね」
 言って、将行は紙ナプキンではさんだゴールデンチョコレートにかぶりつく。同時に、黄色い卵とバターの粒が、トレイの上にパラパラと落ちた。
「そうだ、聞きたいことあるんですけど」
 マフィンのまわりの紙をむきながら、久美子が思い出したかのように切り出した。
「ふぁひ?」
 口を動かしながら、将行が先を促す。
「三月先輩のことで。この前、たまたま耳にしたんですけど、三月先輩って昔と今、性格変わったんですか?」
「ん〜?……いやあ、どうかねえ? まあ、前はそんなに仲が良かったわけじゃないんで、よく分からんのだけど」
「女の趣味が変わったとか」
「あ〜それはあるかもな。前は、けっこうこう、きつい女っていうかさ〜自身満々な感じの? そういう女ばかりと付き合ってたから。皆美人だったし。そう考えると、美紀は全くジャンルが違うよな。……でもまあ、三月がいいって言うんならいいんじゃねえの?」
「それはいいんですけど……でも三月先輩、美紀のどこが気に入ったんですかねぇ」
「うわ、久美ちゃん、ひっで! まあ、そうなんだけどね。俺も分からんけどさ〜。でも三月の方から紹介して欲しい、みたいなこと言ってきたんだよね。から、じゃあ、俺んちに来れば〜って言ったさ」
「へえ、それは、意外……」
「あいつは前はけっこう回りから浮いてて、柄の悪い奴らとつるんでたんだけどさ。二年の終わりごろかな〜、その頃付き合ってた彼女と別れたらしいんだよね。その彼女が……確か今入院してるとか」
「え? そうなんですか? それは何で?」
「さあ? 知らん。話したことのある子じゃないし。ま、もう関係ないんだろうけど。でもその彼女と別れてから、何となく雰囲気も変わったような……」
 しゃべりながら器用に、将行はドーナッツの全てを食べ終わってしまっていた。
 久美子は意外なことを聞いたものだと、少し神妙な顔をして将行の首元を見つめていた。

 

home/index/back/next