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「あ〜、じゃあ俺、そろそろ帰るわ」 学校帰り、ゲームセンターの前で、将行は数人の友達と別れた。もう空は薄暗く、会社帰りのスーツ姿の男女がちらほら目に付く。 「やべ、遅くなったかな?……って、俺、携帯を家に忘れたんだっけ」 時間を見ようとして、そのことに改めて気が付いた。 腕時計をする習慣はない。普段は携帯を時計代わりにしているので、携帯を忘れると時間が分からない。 それにしても、携帯を忘れると何となく不安だ。誰かから着信があったり、メールが入ってたりするかもしれない。 けれど、まあ、大丈夫だろう。 携帯にかけてくるような友達とは今別れたばかりだし、彼らには携帯を忘れたことを言ってある。 入ってくるメールも、迷惑メールが大半だし。 そう思っていたら、タイミング良く、時計屋のショーウィンドウの前を通りかかった。 時計を見るふりをして、時間を見る。 時計の針は、6時45分を示していた。 「あれ? 将行さん?」 呼びかけられて振り向けば、そこには制服姿の久美子が立っていた。まあ、こっちも同様制服姿なのだけれども。 「あ〜、久美ちゃん。何、買い物?」 時計屋の中から出てきた久美子の手には、LUKIAの文字が書かれた小ぶりの紙袋があった。 将行はショーウィンドウから目を離すと、久美子と向かい合う。 「ああ、まあちょっと」 「へ〜偶然だねぇ。で、久美ちゃん、これからの予定は?」 突然そんなことを聞かれて、久美子は少し笑いながら答えた。 「そろそろ帰ろうかと思ってたところですけど」 「じゃあ、どっか寄ってかない? 俺おごるし」 「……ん〜、じゃあ、ごちそうになります」 むげに断るのも躊躇われたので、久美子は軽い気持ちで誘いに乗ることにした。 「いや〜、でも久しぶりだね。海以来? 学校同じだけど全然会わんね」 「そうですね。まあ、三年と一年じゃ階が違いますしね」 結局入ったのは近くにあったミスタードーナッツで、将行はエンゼルショコラとゴールデンチョコレートにウーロン茶、久美子はバナナマフィンに紅茶を頼んでいた。 「それにしても、甘党なんですね」 「……あ〜、まあね。好きなんだよね、ドーナツ」 「私の知り合いの男は、甘いもの全然駄目で。ミスドに来てもしょっぱいものしか頼みませんでしたよ」 「あ〜、えびグラタンとか? あれはあれで美味いけどね」 言って、将行は紙ナプキンではさんだゴールデンチョコレートにかぶりつく。同時に、黄色い卵とバターの粒が、トレイの上にパラパラと落ちた。 「そうだ、聞きたいことあるんですけど」 マフィンのまわりの紙をむきながら、久美子が思い出したかのように切り出した。 「ふぁひ?」 口を動かしながら、将行が先を促す。 「三月先輩のことで。この前、たまたま耳にしたんですけど、三月先輩って昔と今、性格変わったんですか?」 「ん〜?……いやあ、どうかねえ? まあ、前はそんなに仲が良かったわけじゃないんで、よく分からんのだけど」 「女の趣味が変わったとか」 「あ〜それはあるかもな。前は、けっこうこう、きつい女っていうかさ〜自身満々な感じの? そういう女ばかりと付き合ってたから。皆美人だったし。そう考えると、美紀は全くジャンルが違うよな。……でもまあ、三月がいいって言うんならいいんじゃねえの?」 「それはいいんですけど……でも三月先輩、美紀のどこが気に入ったんですかねぇ」 「うわ、久美ちゃん、ひっで! まあ、そうなんだけどね。俺も分からんけどさ〜。でも三月の方から紹介して欲しい、みたいなこと言ってきたんだよね。から、じゃあ、俺んちに来れば〜って言ったさ」 「へえ、それは、意外……」 「あいつは前はけっこう回りから浮いてて、柄の悪い奴らとつるんでたんだけどさ。二年の終わりごろかな〜、その頃付き合ってた彼女と別れたらしいんだよね。その彼女が……確か今入院してるとか」 「え? そうなんですか? それは何で?」 「さあ? 知らん。話したことのある子じゃないし。ま、もう関係ないんだろうけど。でもその彼女と別れてから、何となく雰囲気も変わったような……」 しゃべりながら器用に、将行はドーナッツの全てを食べ終わってしまっていた。 久美子は意外なことを聞いたものだと、少し神妙な顔をして将行の首元を見つめていた。 |