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小田が将行に電話を入れると、将行と久美子はそれから十五分後に公園にやってきた。 二人からどんなお叱りの言葉を受けるか不安に思っていた美紀は、二人がやってくると、俯き黙り込む。 しかしその様子を見た将行と久美子は、三月が現れなかったことが相当ショックだったのだろう、というふうに受け取り、美紀を叱るようなそぶりは見せなかった。 「じゃあ、久美子ちゃん。悪かったね、こんな遅くまで」 公園から駅前までやってくると、将行はそう、久美子に謝罪の言葉を言った。久美子は軽く頭を振る。 「いえ、いいんです。美紀、元気だしなよ」 「……う、うん」 美紀は複雑な表情で頷いた。 そこまで気を使われると、こっちとしても引き返せない。もう、気にしてないのだと、笑うことは許されないような気がした。 「じゃあ、また明日」 「うん、久美子、ごめんね?」 「いいって。今日は早く寝な」 久美子は笑って、駅の改札口に向かって歩き去った。 翌日。 天気は雨。 いつまでも明るくならない部屋の中、ベッドの中の美紀は、起き上がることも出来ずにいた。 今日、学校に行って三月先輩と会ったら、どんな表情をすればいいのだろう。 気にしてないって、笑えばいいのだけれど。 今更笑っても、自分がバカに思えるだけのような気がした。 そもそも、自分は三月先輩のどこを見て好きだって言っていたのだろうか。自分の目から見えるのは三月先輩の外見だけであって、内面も、そして過去も、何にも知らない。 人を好きになるのは、そういうものじゃないんじゃないかって、昨日思った。 美紀は大きくため息をつくと、仕方なくベッドから降りると、部屋のカーテンを勢い良く開け放った。 空を見れば、どんよりとした雲が広がっている。 「おお〜〜!」 と、視線を部屋に戻すと同時に突然大きな声が聞こえて、美紀は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。 「早くからご苦労さん!……しっかし、ほんとに来たんだな、お前」 こんな朝っぱらから、外へ向けて大声で叫ぶのはもちろん、将行だ。 美紀は慌てて窓を開けると、隣の窓を見た。 将行が身体を乗り出して、下の道路に視線を注いでいる。 それで、美紀も慌てて下を見た。 透明のビニール傘を差した高校生が一人、電信柱の脇に立っていた。彼は苦笑しながら将行に対して軽く手を上げていたが、こっちに気が付くと、その手をこっちに向けた。 そして、その手をおいでおいで、と振る。 「せせせ、先輩!?」 そこに立っていたのは、確かに三月先輩その人であった。 「わざわざ迎えに来させてやったんだから、お前早く支度しろよな〜。その間抜けな姿、早く整えてさ〜」 将行の言葉に我に返った美紀は、慌てて自分の姿を確認した。 寝癖だらけのぼさぼさの髪に、しわくちゃのパジャマ姿…… 「うそ〜〜〜!」 美紀は絶望的に叫んで、勢い良く窓を閉め、部屋に引っ込んだ。 美紀が怒涛の勢いで顔を洗って髪を整えて、制服を着て家を飛び出たのは、それから5分後のことである。 のんびり屋の美紀からしたら、それは脅威の数字とみて良いだろう。 「そんなに急がなくても良かったのに」 とは、肩でゼイゼイと息をする美紀を見て言った、三月の言葉である。 それはともかく、二人は学校に向けて歩き出した。 駅へのバス停までずっと沈黙が続き、美紀はその間に息が整うと、今度は妙な緊張感に苛まされる。 「あの、先輩」 「……美紀ちゃん、昨日は本当にごめん。今の状況で約束を破るなんて、最悪なことだっていうのは分かってたんだけど」 「そのことならもう、いいです。お兄ちゃんも悪いんだし。っていうか、私も携帯持ってれば良かったんですけど」 美紀は結局、笑うしかなかった。 謝られると、許すしかない。いや、そもそも、怒ってはいないのだ。自分にそんな権利はない…… 「本当にごめん、言い訳くさくなるんだけど、一応事情を話しておこうと思って」 「事情、ですか……」 「美紀ちゃんからしたら、聞きたくもない話かも知れないけどさ。でも俺自身、はっきりさせておきたいと思ってね」 やがて、バスが来た。始発なので、誰も乗っていない。二人は一番後ろの席に並んで腰掛けると、少ししてからまた話し始める。 「美紀ちゃんは、俺と初めて会った時の事、覚えてる?」 「……そ、そりゃもちろん!」 緊張のあまり、声が落ち着かない。美紀はなぜか息苦しく感じて、胸の辺りを手で押さえた。 「あの時はもう別れてたんだけど、二年の終わり頃までさ、俺、久島亜矢子っていう同級生の子と、付き合ってたんだ」 |