28.

 小田が将行に電話を入れると、将行と久美子はそれから十五分後に公園にやってきた。
 二人からどんなお叱りの言葉を受けるか不安に思っていた美紀は、二人がやってくると、俯き黙り込む。
 しかしその様子を見た将行と久美子は、三月が現れなかったことが相当ショックだったのだろう、というふうに受け取り、美紀を叱るようなそぶりは見せなかった。
「じゃあ、久美子ちゃん。悪かったね、こんな遅くまで」
 公園から駅前までやってくると、将行はそう、久美子に謝罪の言葉を言った。久美子は軽く頭を振る。
「いえ、いいんです。美紀、元気だしなよ」
「……う、うん」
 美紀は複雑な表情で頷いた。
 そこまで気を使われると、こっちとしても引き返せない。もう、気にしてないのだと、笑うことは許されないような気がした。
「じゃあ、また明日」
「うん、久美子、ごめんね?」
「いいって。今日は早く寝な」
 久美子は笑って、駅の改札口に向かって歩き去った。


 翌日。
 天気は雨。
 いつまでも明るくならない部屋の中、ベッドの中の美紀は、起き上がることも出来ずにいた。
 今日、学校に行って三月先輩と会ったら、どんな表情をすればいいのだろう。
 気にしてないって、笑えばいいのだけれど。
 今更笑っても、自分がバカに思えるだけのような気がした。
 そもそも、自分は三月先輩のどこを見て好きだって言っていたのだろうか。自分の目から見えるのは三月先輩の外見だけであって、内面も、そして過去も、何にも知らない。
 人を好きになるのは、そういうものじゃないんじゃないかって、昨日思った。
 美紀は大きくため息をつくと、仕方なくベッドから降りると、部屋のカーテンを勢い良く開け放った。
 空を見れば、どんよりとした雲が広がっている。
「おお〜〜!」
 と、視線を部屋に戻すと同時に突然大きな声が聞こえて、美紀は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。
「早くからご苦労さん!……しっかし、ほんとに来たんだな、お前」
 こんな朝っぱらから、外へ向けて大声で叫ぶのはもちろん、将行だ。
 美紀は慌てて窓を開けると、隣の窓を見た。
 将行が身体を乗り出して、下の道路に視線を注いでいる。
 それで、美紀も慌てて下を見た。

 透明のビニール傘を差した高校生が一人、電信柱の脇に立っていた。彼は苦笑しながら将行に対して軽く手を上げていたが、こっちに気が付くと、その手をこっちに向けた。
 そして、その手をおいでおいで、と振る。
「せせせ、先輩!?」
 そこに立っていたのは、確かに三月先輩その人であった。
「わざわざ迎えに来させてやったんだから、お前早く支度しろよな〜。その間抜けな姿、早く整えてさ〜」
 将行の言葉に我に返った美紀は、慌てて自分の姿を確認した。
 寝癖だらけのぼさぼさの髪に、しわくちゃのパジャマ姿……
「うそ〜〜〜!」
 美紀は絶望的に叫んで、勢い良く窓を閉め、部屋に引っ込んだ。


 美紀が怒涛の勢いで顔を洗って髪を整えて、制服を着て家を飛び出たのは、それから5分後のことである。
 のんびり屋の美紀からしたら、それは脅威の数字とみて良いだろう。
「そんなに急がなくても良かったのに」
 とは、肩でゼイゼイと息をする美紀を見て言った、三月の言葉である。
 それはともかく、二人は学校に向けて歩き出した。
 駅へのバス停までずっと沈黙が続き、美紀はその間に息が整うと、今度は妙な緊張感に苛まされる。
「あの、先輩」
「……美紀ちゃん、昨日は本当にごめん。今の状況で約束を破るなんて、最悪なことだっていうのは分かってたんだけど」
「そのことならもう、いいです。お兄ちゃんも悪いんだし。っていうか、私も携帯持ってれば良かったんですけど」
 美紀は結局、笑うしかなかった。
 謝られると、許すしかない。いや、そもそも、怒ってはいないのだ。自分にそんな権利はない……
「本当にごめん、言い訳くさくなるんだけど、一応事情を話しておこうと思って」
「事情、ですか……」
「美紀ちゃんからしたら、聞きたくもない話かも知れないけどさ。でも俺自身、はっきりさせておきたいと思ってね」
 やがて、バスが来た。始発なので、誰も乗っていない。二人は一番後ろの席に並んで腰掛けると、少ししてからまた話し始める。
「美紀ちゃんは、俺と初めて会った時の事、覚えてる?」
「……そ、そりゃもちろん!」
 緊張のあまり、声が落ち着かない。美紀はなぜか息苦しく感じて、胸の辺りを手で押さえた。
「あの時はもう別れてたんだけど、二年の終わり頃までさ、俺、久島亜矢子っていう同級生の子と、付き合ってたんだ」


 

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