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そうして、呆然と公園のベンチに移動しそこで座っていたら、知らずにまた長い時間が経ってしまったようだった。 気がついてみると、あたりは薄暗く、街中の建物にもたくさんの明かりが点いていた。 公園の時計を見ると、もう7時近い。 「もう、帰らなきゃ……」 美紀は自分に言い聞かすよう呟くと、ベンチから立ち上がった。のろのろと足を動かして、駅前に向かって歩き出す。 頭の中には、先輩の後ろ姿が焼きついて離れなかった。 そして、全ての思考回路が停止してしまったようで、悲しいような寂しいような、でもそんな気持ちが本当にあるのかどうかも分からなかった。 ただ、空しい、喪失感だけがある。 「よく、分からないよ……」 なんで、背中を向けてしまうのだろう。 何故、行ってしまうのか。こんなにも、求めているのに。 美紀はそうして、焦点の定まらない瞳をしたまま、それでも商店街の間を通り、駅前に向かっていた。 人の往来は激しいのに、器用にそれを避けて歩いていく。 けれど、何かを感知しているわけでもなかったし、何かを見ているわけでもなかった。 だから、知り合いとすれ違っても気がつくわけでもなかっただろうし、声をかけられても、美紀には聞こえなかっただろう。 美紀はそのまま歩いて、地下道へ続く階段の前で立ち止まる。 何も考えずに歩くことは出来ても、階段を下りることは出来なかった。結局美紀は不器用なのだ。 「……あれ、美紀ちゃん?」 だから、このタイミングで声をかけることが出来たのは、彼にとって幸運だった。……もちろん、美紀にとっても。 「どうしたの? ぼ〜っとしてさ〜?」 「あ〜、小田くん」 丁度、オダヤンこと、小田裕也が地下道から上がって来たのだ。 小田は軽い足取りで美紀の前まで来ると、その顔をのぞき込み、笑みを浮かべかけるが、美紀の様子を知ってそれを止める。 「……顔色悪いよ? どっか具合悪いの?」 「ううん?……別に?」 美紀は少し笑みを浮かべるようにして、それを否定した。 けれど、上手く笑えなかっただろう。 小田は余計に心配して、困ったような表情を浮かべた。 「何だか最近、美紀ちゃんの様子おかしいなあ。……例の、三月のせい?」 「……」 それは図星だったので、美紀は何とも答えることが出来なかった。 「美紀ちゃんを悲しませるとは、何てサイテーな奴なんだ……」 小田はそう一人で呟くと、美紀に笑いかけた。 「ねえ、一緒に、ドーナッツ食べない? 俺今ちょうど食べたかったところでさあ、でも一人で入るのは恥ずかしいじゃん? 美紀ちゃんが付き合ってくれると嬉しいんだけど」 「あ、うん、いいよ」 小田は、そう言われると断れない美紀の性格を知っているのだ。 ということで、二人は近くのミスタードーナッツへと入ってドーナッツを買った。 店のテーブルは満席だったので、テイクアウトにして、通りに設置してあるベンチに腰掛けてそれを食べる。 「あ〜、甘いものを食べると生き返るよね? 美紀ちゃんはそういうことない? 俺はさあ、昔から、親に叱られるたびに甘いものを食べるのよ。そうすると元気が出てさあ。叱られたことも忘れられて。……でもまあ、それでまた同じことで叱られるんだけどね? 美紀ちゃんはどう? 甘いもの好き? チョコレートなんて最高だよねえ。あの、びたぁ〜すうぃ〜とな感じがさあ。何だか身体にしみわたるよね? でもそのせいで最近ちょっと脂肪がついてきたみたいでさあ、ダイエットしなきゃな〜とか思ってたんだけど、美紀ちゃん良いダイエット法知らない??」 「……え? ええと」 「あ、でも美紀ちゃんはダイエットなんて必要ないだろうから、知らないか。超カワイイしね。……どう? 俺と付き合わない?」 美紀はしばらく小田のマシンガントークの内容を、やや遅れながら処理していたが、やがて全てを処理し終わって、とたんに驚いて赤面した。 「……ええ!? い、今なんて」 「美紀ちゃん、俺のこと嫌い?」 小田は寂しそうな顔をして、訊いた。 美紀は驚きすぎて、何とも答えられなかった。 告白されることもなかったし、何よりこんなふうに簡単に人に告白できるなんて思いもよらない。 「あ、あのう……」 「って、やっぱ駄目かあ……」 小田は、笑った。 「俺、美紀ちゃんのことけっこう前から好きだったんだけどねえ。でもさあ、あのお兄さんの手前、言えなくてさ〜」 お兄さんとはもちろん将行のことだろう。小田と将行は幼馴染なのだ。 「俺の甘酸っぱい初恋だったんだよねえ。今ようやく言えた。けど、美紀ちゃんには好きな人がいるみたいだし。俺ってタイミング悪すぎだな〜」 そう言って、大きくため息をついた。 大袈裟な身振りで。 美紀はそれで、思わず笑ってしまった。 「あ、ひどい」 「……ごめ、ごめんね? でも、ありがとう」 「うん、元気出た?」 その言葉に、笑っていた美紀の目から、思わず涙が零れ落ちた。 「あれ?」 それには美紀自身驚いていたし、もちろん小田も驚きを隠せなかった。 「あ、えっとごめん、俺何か傷つくようなこと言った?」 「……う、ううん?」 美紀は自分でも良く分からなくて、ただ、その涙を拭うことしか出来ない。 小田も落ち着かない様子で、美紀の方を伺っていた。 やがて涙が止まって、美紀は照れ笑いを浮かべる。 「ごめん、何だか、嬉しかったみたい」 美紀はそして、小田に向けて改めて笑顔を浮かべた。 |