37.

「何だか、振られちゃったみたいなんだ……」
 美紀はそういうふうに、小田に説明した。
 三月先輩に告白されたこと。返事をするのに、凄く悩んだこと。
 そして今日の放課後、三月先輩に告白しようとしたこと、けれども、それが伝わらなかったこと。
 その話を聞いて、小田は呆れているような表情をした。
「何それ〜? 両思いなんじゃん」
「……そ、そうだね!?」
 両思い、という言葉を今まで思いつかなかったし、それにその言葉が凄く恥ずかしいような気がして、美紀は赤面して、さらに声も弾んだ。
「そうだよ〜。訳わかんないよ、俺。美紀ちゃん、駄目だよ、それじゃあ」
「……え?」
「だって、告白するとき、最初に謝ったんでしょ? それじゃ断られたと思っちゃうよ〜。三月も誤解するって。それに、それを訂正しなかったんだし」
「だって、何だかよくわからなくなっちゃって…」
 美紀は赤面したまま、困り果てたような表情をしていた。
「……今からでも、遅くないけど?」
「へ?」
「三月、今ごろ予備校でしょ? 行って告白し直しなよ」
「え、でも」
「ほらほら、このカッチョ良いお兄さんが連れてってあげるから!」
 そう言って、小田は無理やり美紀の手を取って、立ち上がった。
 そのまま、予備校に向けて歩き出す。早足だったので、美紀にとっては小走り状態だ。
 転ばないように気をつけるのが精一杯で、それ以上何も考えられなかった。
 これから、どうするのかということも。


 あっという間に、二人は三月先輩の通う予備校にたどり着いた。
 予備校の周りは自転車で埋め尽くされ、かろうじて入り口の前だけ、人が通れるよう、隙間が開いている。
 小田はその間を抜けると、建物の前に立った。
 自動ドアが勝手に開く。
 そして小田がその中に入っていこうとするので、美紀はようやくその時点で抵抗した。
「あ、私っ、ここの生徒じゃないし!」
「ん?大丈夫だよ。別に誰も気にしないよ」
「でも……私、ここでいい!」
 意思の強そうなその発現に、小田も無理強いすることは止めた。
「じゃあ、俺、連れてきてあげるから」
「え?」
「ここで待ってて!」
 小田はそういい残して、建物の中へ入っていった。
 残された美紀は、やや呆然としている。
 ……どうしよう。
 はっきり言って、困る。
 でも、小田には感謝しなければならないことも、分かっていた。
 美紀は改めて深呼吸する。
 今度こそ、はっきり言わなければならないだろう。
 自分のためにも。
 そして、協力してくれた、将行や久美子、小田のためにも。
 自分は変わったんだってことを、知らせたい。
 もちろん、それを知らせる伝手はないけれど……。


 やがて、小田に引っ張られて三月先輩が美紀の前に姿を見せたのは、小田が消えてから十分後のことだった。
 どうやって連れてきたのだろう。受講中ではなかったのだろうか。
「……さて、俺はもう用なしだな。美紀ちゃん、頑張って」
 小田はそれだけ言って、さっさと帰ってしまった。
 頑張れと励まされたのは、何回目だろう。
 こんなふうに励ましてくれる人がいるなんて、本当に嬉しい。そして、その励ましに応えなくてはならないと、強く思った。
「美紀ちゃん?」
「あの、先輩、いきなりごめんなさい。じゃなくて、ええと……」
「どうしたの? っていうか、あいつ強引だな、ホント。ちょっと、移動しようよ。予備校の前じゃなんだし」
 先輩はそう言って、あたりを見回すと、人気の少ない方に美紀を誘導した。
 建物と建物の間の、ちょっとした空間。
 小さな川が流れていて、小さな橋みたいになっている。川は建物の下方の壁から突然流れ出し、そしてそのまま、道路の中に吸い込まれていた。
「この川、いつも不思議に思うんだけど、どこへ流れていくんだろうね?」
 先輩はそんなことを行って、橋の手すりから身を乗り出して、その下方を覗いていた。
 丁度、美紀に背を向ける形で。
 美紀はその背中を見つめて、口を開いた。
「先輩、私」
 言った言葉が、震えてしまった。
 その瞬間ひどく緊張して、握りしめた手のひらは、じんわりと汗ばんでくる。
 言わないと、伝わらない。
 けれど、相変わらずこの口は思うように動いてくれなくて、焦るばかりだった。
 体中に、変に力が入ってしまう。
 言葉が出ないことがもどかしい。凄く悔しい。
「美紀ちゃん?」
 美紀の沈黙に、先輩は痺れを切らして、振り返った。
 そして、その瞬間軽く硬直する。
 美紀は、大粒の涙を流して、困ったような、怒ったような、そんな強張った表情をしていた。
 そして、先輩が振り返った瞬間、たまらず美紀は両手で顔を覆った。
 言いたいことは、一つなのに、それが言えない自分が悔しかった。
 悔しくて、泣けてくる。
 そして。
 ……やっぱり駄目だと思った瞬間。
 強い力で美紀の身体が引き寄せられた。


 

home/index/back/next