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「何だか、振られちゃったみたいなんだ……」 美紀はそういうふうに、小田に説明した。 三月先輩に告白されたこと。返事をするのに、凄く悩んだこと。 そして今日の放課後、三月先輩に告白しようとしたこと、けれども、それが伝わらなかったこと。 その話を聞いて、小田は呆れているような表情をした。 「何それ〜? 両思いなんじゃん」 「……そ、そうだね!?」 両思い、という言葉を今まで思いつかなかったし、それにその言葉が凄く恥ずかしいような気がして、美紀は赤面して、さらに声も弾んだ。 「そうだよ〜。訳わかんないよ、俺。美紀ちゃん、駄目だよ、それじゃあ」 「……え?」 「だって、告白するとき、最初に謝ったんでしょ? それじゃ断られたと思っちゃうよ〜。三月も誤解するって。それに、それを訂正しなかったんだし」 「だって、何だかよくわからなくなっちゃって…」 美紀は赤面したまま、困り果てたような表情をしていた。 「……今からでも、遅くないけど?」 「へ?」 「三月、今ごろ予備校でしょ? 行って告白し直しなよ」 「え、でも」 「ほらほら、このカッチョ良いお兄さんが連れてってあげるから!」 そう言って、小田は無理やり美紀の手を取って、立ち上がった。 そのまま、予備校に向けて歩き出す。早足だったので、美紀にとっては小走り状態だ。 転ばないように気をつけるのが精一杯で、それ以上何も考えられなかった。 これから、どうするのかということも。 あっという間に、二人は三月先輩の通う予備校にたどり着いた。 予備校の周りは自転車で埋め尽くされ、かろうじて入り口の前だけ、人が通れるよう、隙間が開いている。 小田はその間を抜けると、建物の前に立った。 自動ドアが勝手に開く。 そして小田がその中に入っていこうとするので、美紀はようやくその時点で抵抗した。 「あ、私っ、ここの生徒じゃないし!」 「ん?大丈夫だよ。別に誰も気にしないよ」 「でも……私、ここでいい!」 意思の強そうなその発現に、小田も無理強いすることは止めた。 「じゃあ、俺、連れてきてあげるから」 「え?」 「ここで待ってて!」 小田はそういい残して、建物の中へ入っていった。 残された美紀は、やや呆然としている。 ……どうしよう。 はっきり言って、困る。 でも、小田には感謝しなければならないことも、分かっていた。 美紀は改めて深呼吸する。 今度こそ、はっきり言わなければならないだろう。 自分のためにも。 そして、協力してくれた、将行や久美子、小田のためにも。 自分は変わったんだってことを、知らせたい。 もちろん、それを知らせる伝手はないけれど……。 やがて、小田に引っ張られて三月先輩が美紀の前に姿を見せたのは、小田が消えてから十分後のことだった。 どうやって連れてきたのだろう。受講中ではなかったのだろうか。 「……さて、俺はもう用なしだな。美紀ちゃん、頑張って」 小田はそれだけ言って、さっさと帰ってしまった。 頑張れと励まされたのは、何回目だろう。 こんなふうに励ましてくれる人がいるなんて、本当に嬉しい。そして、その励ましに応えなくてはならないと、強く思った。 「美紀ちゃん?」 「あの、先輩、いきなりごめんなさい。じゃなくて、ええと……」 「どうしたの? っていうか、あいつ強引だな、ホント。ちょっと、移動しようよ。予備校の前じゃなんだし」 先輩はそう言って、あたりを見回すと、人気の少ない方に美紀を誘導した。 建物と建物の間の、ちょっとした空間。 小さな川が流れていて、小さな橋みたいになっている。川は建物の下方の壁から突然流れ出し、そしてそのまま、道路の中に吸い込まれていた。 「この川、いつも不思議に思うんだけど、どこへ流れていくんだろうね?」 先輩はそんなことを行って、橋の手すりから身を乗り出して、その下方を覗いていた。 丁度、美紀に背を向ける形で。 美紀はその背中を見つめて、口を開いた。 「先輩、私」 言った言葉が、震えてしまった。 その瞬間ひどく緊張して、握りしめた手のひらは、じんわりと汗ばんでくる。 言わないと、伝わらない。 けれど、相変わらずこの口は思うように動いてくれなくて、焦るばかりだった。 体中に、変に力が入ってしまう。 言葉が出ないことがもどかしい。凄く悔しい。 「美紀ちゃん?」 美紀の沈黙に、先輩は痺れを切らして、振り返った。 そして、その瞬間軽く硬直する。 美紀は、大粒の涙を流して、困ったような、怒ったような、そんな強張った表情をしていた。 そして、先輩が振り返った瞬間、たまらず美紀は両手で顔を覆った。 言いたいことは、一つなのに、それが言えない自分が悔しかった。 悔しくて、泣けてくる。 そして。 ……やっぱり駄目だと思った瞬間。 強い力で美紀の身体が引き寄せられた。 |