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「ふう〜、先輩、泳がないんですか?」 「ああ、今日は焼こうと思ってね」 美紀は海から一旦上がってきて、砂浜の上に腰掛けてる先輩の隣へ来た。 「じゃあ、寝てまんべんなく焼かなくちゃ駄目ですよ〜」 「……それもそうだね、じゃあ悪いけど、失礼して」 三月先輩は照れ隠しに笑って言うと、うつ伏せに横たわる。 先輩の体は均整が取れていて、思わず見惚れてしまったくらいだ。当然太ってなどいないし、逆に痩せ過ぎてもいない。胸部や腹部は筋肉が程よくついていて、無駄がない。 そして背中も、デキモノ一つ無い、綺麗な背中だった。 「オイルとか塗らないんですか?」 ちょっとドキドキして、美紀は尋ねる。 自分が先輩の背中にオイルを塗ってあげる姿を想像して、美紀は勝手に赤面した。 「いや、それが買ってくるのを忘れたんだよ。まあ、そんなにこんがりと焼くつもりもないから」 三月先輩は両手を組んだ上に、形の良い顎を乗せて上目遣いに美紀の方を見る。 そのしぐさが可愛くて、美紀はきゅ〜ん(?)とする。 もちろん、オイルを塗ってあげられないことは残念だったが。 美紀は何だか、三月先輩の方ばっかり見ていることが恥ずかしく思えて、正面の海を見た。 久美子と将行が、一緒にはしゃいでいる。 「……美紀ちゃん」 「は、はい!?」 突然名前を呼ばれたことに少し驚きながら、美紀は三月先輩の顔に視線を移した。 三月先輩は海の方を見たままだった。 「その水着、上は脱がないの?」 「ええ!? あ、これですか!?……でも、ちょっと恥ずかしいので」 「恥ずかしがることは無いよ。せっかく可愛い水着なんだし…」 誉められたのが水着の方であっても、美紀は嬉しかった。それで、明日はビキニ姿になろうと心に決める。 「先輩がそう言うなら、明日は脱いできます……」 もはや美紀の目はハート型である。久美子が見ていたら、呆れていたことだろう。 「うん、楽しみにしてる」 美紀はもうその場にいられなくなって、立ちあがった。 「そ、そろそろ海に戻りますね!」 それだけ言うと、海の方へ駆け出した。 美紀が海の中へ戻っていくと、それとすれ違いに将行が、三月先輩の元へ上がっていく。 「美紀、先輩と何話してたの?」 「……えへへ、秘密で〜す!」 「はあ〜? あんた、生意気!」 久美子はふざけて海水を美紀にかける。だがその海水は美紀の顔面に直撃し、 不意をつかれた美紀はその海水を口と鼻両方で吸い込んでしまった。 「うは! げほ! ぐしゅ!」 思いきりむせる美紀の顔には、乙女らしさのかけらも無い。久美子は呆れると共に、 内心本気で謝った。 「う〜、鼻の奥がつ〜んとする……喉の奥がしょっぱい〜」 「ごめんごめん、そこまでむせるとは思わなかった」 「ん〜、いいげど……。お兄ちゃんたち、何を話してるんだろう」 美紀は砂浜の方に目をやる。 二人の男は何やら真剣に話している。かと思いきや、突然笑い出したりもしている。 「さあねえ……何か悪巧みなんじゃないの〜?」 「悪巧みって〜。お兄ちゃんだけならともかく、先輩がそんなことするはずないよ」 「分からないよ? 先輩だって、男なんだって言ってるでしょ」 「覗きの悪巧み?」 「……もう、覗きのことは忘れなさい」 久美子は頭を手で押さえて、言う。 それにしても……と、久美子は砂浜の二人を見て考えた。 あの人たち、よく二人だけで話をしてるけど、本当に何か企んでいるのではないだろうか。 美紀たちが近づくとすぐにその話を打ち切るので、余計に怪しい。 第一、 あの先輩もよく分からない人だ。 カッコ良くて誰にでも人当たりが良く、面倒見もいい。美紀に対しても優しく接してるようだし…… そんな女の憧れの、結晶のような完璧な男が、本当に存在するのだろうか。まあ美紀の手前、 こんなことは言えないけれど。 一度あの兄ちゃんに問いただしてみるべきだろう、と久美子は思った。 「どうしたの、久美子。怖い顔して」 「ん? 何でも無いよ」 「そ? ならいいけど」 美紀は大きなボール型の浮きにしがみつくと、足をバタバタさせている。 「それで、何の話してたの?」 「え〜? えっとね〜、先輩がね、私のビキニ姿を見たいんだって! きゃ〜〜!」 そこまでダイレクトには言っていないが、まあ、美紀の言っていることは間違いではないだろう。 「ふうん……何だか、イヤラシイね、それ……」 「イヤラシイって……! 久美子でも先輩の悪口を言ったら許さないんだからね〜!」 「あはは、イヤラシイって、誉め言葉なんだって」 本気で怒っているような美紀を、久美子はなだめるように言う。 「え〜? うそー」 「ホントに。正常な男だってことだよ、良かったね、美紀!」 「う……? うん!」 美紀は良く分かっていなかったが、それでも機嫌を直して笑顔で頷いた。 |