4.

「おお、マジで!? おっけー、おっけー、大歓迎だね。適当に声かけとくし。お前にしては、かなりでかした!」
「……お前にしてはって、何なのよ〜。あ〜あ、私はあんまり気がのらないんだけどな。スポーツ出来ないし」
「お前運動音痴だからな……」
 将行は神妙な顔で、しみじみとそう言った。
 自宅に帰ってから、久美子の提案を早速兄に話すと、将行は歓喜の表情で了承したのだった。
 しかし美紀の不安そうな顔に、今度は、「う〜む」と黙り込む。
「……ま、スノボーなんて簡単なスポーツ、いくら超ど級に運痴なお前でもすぐ出来るようになるって。つーか普通に三月も呼んで、ちゃんと責任持って教えさせりゃいいだろ」
「責任持ってって。先輩は私の保護者とかじゃないのに〜。……そういえば先輩はスノボー出来るの〜?」
「ああ、出来るんじゃねえ? 一緒には行ったことはないけど、やったことはあるって言ってたし」
 将行はそう言うと、リモコンに手を伸ばしテレビの電源を点けた。バラエティ番組に固定し、リモコンをベッドの上に放り投げる。
 相変わらず将行の部屋は汚い。
 脱ぎ散らかした服や、雑誌、漫画が床に散乱している。
「……部屋、片付けたら〜? そんなんじゃ女の子も呼べないじゃん! って、お兄ちゃんには彼女いないから、しょうがないか〜」
 日頃の復讐とばかりにそんなことを言えば、将行は不本意そうに顔をしかめた。
「なあに、生意気なことを言ってんだ、アホ。俺がその気になったら彼女の一人や二人簡単に作れてしまうわけよ。ま、今んところは特定の女は必要ないからだなあ、わざと彼女を作ってないわけ。お分かり?」
「え〜、超言い訳じゃん。ま、いっけど? それじゃあ、一応よろしく〜」
 美紀はそう言って、将行の部屋を後にした。


『へえ、スノボー? いいけど、いつ?』
 美紀は自分の部屋に戻ると、早速三月にへと電話をかけた。
 ベッドに横たわりながら、受話器を耳に押し当て天井の柄を見つめる。
「まだ詳しい日程は決まってないんですけど。お兄ちゃんからも連絡行くと思います〜」
『ああ、そうだね。どういう面子で行くつもりなんだろう。美紀ちゃんの方は、何人?』
「えっと、多分クラスで仲のいい子二人と、あと久美子だから4人かな〜。そっちは先輩とお兄ちゃんと〜……、あと、多分小田君も呼ぶんじゃないかなあ? 後は分からないですねえ」
 そう言えば三月は、「ふうん」と相槌を打つ。
『ま、スノボーの件はいいけど。どうせだったらその後そのままどこか行こうか。この時期、温泉とか行って見る? ちょっと年寄りクサイけど』
 照れ隠しなのか、三月はそんなふうに弁解しつつ、そう言った。
 美紀は何となく顔を赤面させつつ、一瞬言葉に詰まる。
「……え、えっと。温泉ですかあ?」
『うん、嫌? 俺結構、温泉とか好きなんだよね』
「へえ、何だか意外ですねえ……。先輩が行きたいところなら、私はどこでもいいですけど〜」
『じゃあ、宿の方はこっちで決めておくよ。スノボーの日程も早く決められるといいな……。とりあえず、星野の方とも相談だな』
「そうですね〜。私も久美子たちと相談してみます」
 そんなふうにスノボーの話が締めくくられると、何となく二人の会話が止んでしまって、美紀は内心焦りながら話題を探した。
「……そう言えば、先輩の新しい部屋ってどんな感じですか?」
『ああ、普通に。8畳のワンルームだよ。まあ、一人暮らしだしね。でも割と新しいところだから、綺麗だったけど』
「へえ〜。いいなあ、一人暮らしかあ。でも、大変ですね、家事とか」
『そうだね、まだどんな感じになるかは想像つかないけど。でもまあ、一通りのことは出来るとは思うし、大丈夫じゃないかな。……今度、一緒に見に行く? 三月の末には引っ越すから、その後にでも』
「いいんですか? じゃあ、ぜひ!」
 そんなふうに、美紀と三月の会話は続き、気が付けばすでに一時間も経っていた。
 それで、美紀は未だ名残惜しかったが、電話を切った。
 受話器を握り締めて、ため息をつく。少しだけ余韻を楽しんだ後、携帯を充電器にセットした。
 三月との電話は、毎日ではないが頻繁にするようになっていた。
 携帯料金が気になるので、あまり長時間はかけられなかったが、なるべく多く話すようにはしている。
 一日に一回は会うか電話をするかでないと、寝付けないくらいだ。
 けれど、美紀は自分が果たして、先輩を楽しませるような会話が出来ているのか自信が無かった。会話が途切れないように、必死に話のネタを捜している。
 いつか、そんなふうに話すことが無くなってしまったら、どうしよう。
 自分と話すことを、退屈に思われたら……。
 美紀はそんな漠然とした不安を打ち消すと、ベッドに潜り込んだ。
 

「じゃあ、終業式が終わって翌日とかでいいんじゃない?」
 翌日、昼休み。
 いつもと同じように保健室に居座って、美紀と久美子、理佳と菜緒子の四人はスノボー旅行の日程を決めていた。
 手帳を開きながら、久美子が確認を取る。
「うん、大丈夫だと思う。ちなみに何泊にする?」
 菜緒子が尋ねる。菜緒子も理佳も、スノボーは初体験であるらしい。
「一泊じゃ物足りないし、せめて二泊かな。三泊は……、私はちょっと無理だわ」
 久美子がそう言ったので、二泊にすることに決まった。
 美紀は早速将行と三月の両方にメールを打ち、お互いの了解を得た。
 決定である。
「んじゃさあ、帰り旅行会社とか行ってみない?」
 久美子が言う。女の子側の幹事役は、もう久美子でほぼ決定のようだ。
「あ、ごめん、私たち今日部活だし」
 理佳と菜緒子は、二人とも同じくテニス部に所属している。
「あ、そうだったっけ。陸上部と練習日ずれてるんだよね。……じゃあ、久美子と二人で行ってくる」
 美紀がそう言えば、理佳と菜緒子は頷いた。
「うん、適当に決めといてよ。うちらは従うし。任せた」
 そんな感じである。
 美紀は呆れながら久美子の方に視線を送ったが、久美子はまるで気にしている様子はない。
 元々自分で色々決めるつもりだったのだろう。
「じゃあ、一応あんたの兄ちゃんにも聞いてみてよ。暇だったら一緒に旅行会社行こうってさ。あ、あと、三月先輩は?」
「ん〜、確か今日は、夕方バイト入ってるはず〜」
「ふうん? じゃ、無理か。兄ちゃんは大丈夫なの?」
「うん、お兄ちゃんは多分、平気。じゃ、放課後ね〜?」
 美紀はそう確認すると、将行にメールを打った。
 案の定、将行は二つ返事でOKメールを送ってきたのだった。


index/back/next