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放課後、二人はバスで駅前まで移動した。 旅行代理店は駅ビルの中と、若葉通りの商店街の中と、見知っている限り二つある。 もちろん、捜せばもっと多くあるのだろうが、知っているところがあるならそこで済ませばいい事だろう。 バスを降りると二人は駅構内へと入る。 改札口の前に、将行が小田裕也と共に立っていた。 小田と会うのは実は、久しぶりである。 小田は将行の幼馴染であり、美紀とも仲がよい。美紀が親しく出来る、唯一の男友達とでも言うべきか。 彼は地元の大学に合格したので、これからも付き合いは続きそうである。 美紀は三月と付き合うようになる直前、小田に告白された。9月の頃の話であるから、もう半年も前のことになる。 もちろん、美紀は三月のことが好きだったのだから、その気持ちに応えられるわけも無い。そもそも、その告白が本気だったのかさえ、美紀には察しかねたのだ。 でもそんなことがあった後も、小田はたまに会う美紀に今までと同じように接してくれた。 未練があるとか、そういう話題は一度として出ていない。小田なりに気を使ってくれているのか、それか本当にもう何とも思っていないのか、それも美紀にはわからなかった。 ただ、ぎこちなくなるのは絶対嫌だったから、美紀も今までと同じように接した。 その後は受験が近くなって、小田と会う機会自体が減ってしまったのだが。 二人が近づくと、小田が先にこちらに気づいたようだ。笑顔で手を振って、声をかけてきた。 「久しぶり、美紀ちゃん。……と、久美子ちゃん」 「何かあとから付け足したような感じ。……ま、いいですけど」 小田の呼びかけに、苦笑しながら応える久美子。 美紀も笑って、小田と挨拶を交わした。 「さて、どうする? 駅ビルん中のでいいよな」 将行がそう言って、4人は駅ビル内へと入っていった。 駅ビルは4階建ての建物である。最上階に旅行代理店が配置され、また同じフロアには飲食店が並ぶ。 その飲食店の中の一つ、主にサンドイッチやパスタなどの軽食を出すカフェ、「レーチェ」にて、4人は各々注文をすると一息ついた。 一息ついたところで、将行が代理店から寄せ集めてきたパンフレットをテーブルの上に並べる。 全部で5冊ほど。一応、格安と名のついたパンフレットばかりである。ツアー会社によってそれぞれ売りの違いがあるのだろう。この中から最適なツアーを吟味するつもりである。 「ま、あんまり金は無いし、夜行バスのツアーになるだろ? あとは場所か」 基本的に、狭いスキー場ほど安い。あとは、宿やレンタル、リフト料金込み、込まない、うんぬん……。 「……お前ら、スキーの後温泉行くって?」 突然、将行にそう言われた。 一瞬何のことか分からなかったが、しばらく考えた後、美紀は少し挙動不審になりながらも頷いた。 訳も無く、おしぼりでテーブルを拭く。 「ったく、三月の奴もとことんスケベだな」 将行がそんなふうにコメントすれば、一瞬の沈黙の後小田が身を乗り出した。 「……え!? 何々、美紀ちゃん三月と温泉行くの!? 駄目だよ、そんな! 危険だよ!?」 小田が慌ててそんなことを言うので、将行と久美子の二人は呆れながら笑っている。 美紀は一人、首を傾げた。 「……き、危険って、何で?」 美紀の問いに、そんなこと聞くのか、といった感じの三人。 「いやあ、何ていうかさあ。……え〜と、ほら、旅情殺人事件みたいな〜」 苦し紛れに言った小田に、「アホか」と将行の一言が下った。 「まあ、いくらなんでも貸切風呂で一緒に入ろう、とかそんなことはないでしょうしねえ」 「……く、久美子!!」 久美子の爆弾発言に、美紀は耳まで真っ赤になって、抗議の声を上げた。 何だか生生しい発言だった。 将行と小田の二人も、やや引き気味である。 「あれ? ごめんなさい、ちょっと失言?」 「いやあ、さすが久美ちゃん、最近の若い子は進んでるよねえ……」 と、わざと年寄り臭く将行がコメントした。 久美子はさすがに気まずそうに笑って、そして小田も笑う。 「ま、それはともかく、そういうことならさ。どうせなら温泉があるトコにしようぜ」 皆異論はないようだった。 場所が決まってからは早かった。料理が来る前にあらかたを決めて、4人は食事をした後、早速旅行代理店で手続きを済ませた。 駅ビルから出れば、時刻はもう19時近くになっていた。 「さて、これからどーする? もう帰る? それとも遊び行く?」 「私はどっちでも。……美紀は?」 「ん〜、どうしようかな……、若葉通りの方行こうかな」 美紀はそんなことを言いながら、迷った様子で久美子たちを伺った。 「……ああ、先輩の様子見に行きたいんでしょ」 その逡巡の原因を久美子に指摘されて、図星だった美紀は照れたように笑うしかなかった。 三月は今の時間帯、若葉通りのCDショップでバイトをしているはずなのである。 「いやあ、健気だよねえ、美紀ちゃんは」 小田にはそういうふうに言われたが、久美子は嫌味な笑みを浮かべながら口を開いた。 「……ていうか、昔取った杵柄だよね。ストーカーとしてのさ」 「だからあ、ストーカーじゃないって!」 久美子に茶化されて、美紀は少し拗ねたように否定した。 久美子は、三月に片思いしていた時の、美紀のストーカーじみた行動を揶揄しているのだ。 「ま、そういうことなら私たちはお邪魔でしょうし? どうします? カラオケでも行きます? 何なら他の友達誘ってもいいですよ」 「お、マジで? さすが久美ちゃん、話早いな。んじゃ、美紀。朝帰りするのはいいけど、お母さんが帰って来る頃には帰れよな」 将行がそんなことを言えば、やっぱり美紀は慌ててそれを否定してから、若葉通りの方へ足を向けた。嬉しそうに笑いながら、こちらに最後、手を一振りする。 久美子は笑って手を振り返した。 |