6.

 駅の構内から若葉通りへは、大きな地下道によってつながっている。
 この地下道を使えば、若葉通りへも、バスセンターや私鉄の駅へも、大きな百貨店の前へでも、どこにでも出られる。
 そもそも駅前は大きなロータリーになっていて、通常人が歩けないものだから、こういう地下道が出来ているのだろう。当然この時刻、人通りは多い。
 これから家路に着く人々もいれば、遊びに出てきた人々もいる。社会人もいれば、学生もいる。
 美紀はそんな人ごみの中を足取り軽く歩きながら、あたりをキョロキョロと見回していた。
 地下道の中でギターを奏で、歌を歌う青年の前で、少し立ち止まったりもした。
 美紀はこの街が気に入っている。
 とはいえ、他の街に行ったことがないから比較することは出来ない。充分満足している、とでも言えばいいのか。
 この街がむしろ、都内のようなやたらと大きくて、けばけばしい街――美紀はそう、想像している――だったとしたならば、美紀はあまり好きにはなれなかったかもしれない。
 それでなくとも、内向的で引きこもりがちの性質だった。
 過去形なのは、自分が変わったからだ。
 不思議なことに、昔よりも無邪気になった。人間関係を無意味に恐れることはなくなったし、怖いものが少しなくなったせいか、自信も度胸もついた。
 一人で街をぶらつくなんて、実は以前までしたことがなかった。
 こんなふうに自分が変われたのは、三月隼人という彼氏が出来たからであり、それに協力してくれた久美子や将行、小田のおかげである。
 美紀は、地下道の両側にある百貨店への入り口を眺めながら歩き進むと、次に現れた階段を昇った。
 そこはすでに、若葉通りである。




 若葉通りを挟む商店街は、様々な色の看板や店内の照明で、明るく賑やかな雰囲気を持っている。そしてそこにもやはり、人々が多く往来している。店がある分、地下道よりも一層華やかな印象である。
 美紀は階段を昇ってすぐ、自分が目指している店の看板を視界に入れると、真っ直ぐそこへ向かった。
 県内でも大手のCDショップである。
 三月は受験が終わってすぐに、アルバイトを始めた。
 シフトの入り方はいろいろだが、CDショップが閉店するのは23時である。どんなに遅くなっても、それ以降に連絡がつかないことはないはずだ。もちろん、寝ている時間を除いて。
 ただそれよりも早い時間帯となると、あらかじめシフトを聞いていない限りは、いつアルバイトに入っているか分からなかった。
 もちろん、美紀があらかじめ尋ねることがあれば教えてくれるのだが、自分からシフトについて話すことはないように思える。かといって、一ヶ月分のシフトの予定をがっちり訊いておくというのは、何となく、気が引けた。
 そういう内容を、久美子や将行に話したこともある。
 その時久美子は、
「いいんでないの? あらかじめ訊いとけばラクじゃん。バイト入ってる間に連絡入れることもなくなるしさ〜」
 と、言っていたが、将行に相談した時は、
「止めとけ、止めとけ。……なんかさ〜、束縛とかされるの嫌だろ〜? 俺だって、女にバイトのシフトを全部話すのとか、嫌だもん。バイト入ってる日以外は全部オッケーだと思われてもさ〜。つーか面倒くさいし、管理されるようで、ヤダ」
 と、そっけなく言われた。
 その時は、アルバイトのシフトや束縛とかの話よりも、兄が女という言葉を出したことに過剰に反応してしまい、それで話がずれてしまった。
 結局、シフトをあらかじめ訊いておくということが出来ないまま、今に至る。
 むしろ、そういうことをなるべく、気にしないようにした。
 話していれば自然と、アルバイトに入る時間が知れる時もあったし、美紀から尋ねれば教えてくれたから。
 美紀だって、三月を束縛したいわけではないのだ。


 美紀が自動ドアを通って中に入れば、広い店内には結構な数の客がいた。視聴したり、CDを手に取ったり、ポスターを眺めたり。
 奥のレジの方に視線をやれば、三月らしい人影も見える。ショップのカラーである濃い青のエプロンをして、レジに立っていた。
 レジには3、4人の客が会計を待っている。それに対応している三月は、美紀に気がつく様子もない。
 美紀は何となく恥ずかしくなって、レジからは死角となる一角へ足を進めた。
 今までにも何度も、ここへ押しかけたことがある。
 もちろん相手は仕事中だし、仕事中に一応客の自分とペラペラ会話することも出来ないから、何も話さずに帰ることもある。
 一言、二言話すのが関の山だ。
 それに、久美子がふざけて言うように、ストーカーじみた行動で三月に迷惑がられたり嫌われたりするのじゃないかと、不安もある。
 美紀は何となくしょんぼりとして、何の興味もないCDの列を眺めた。
 店内には流行の曲が流れている。
 暖房が効いているから、コートにマフラー姿の美紀には暑いくらいで、そのせいか首元がむずむずしてきた。
 せめて、コンビニのバイトにしてくれたら良かったのに、と美紀は思った。
 それだったら、例え20円のチロルチョコだけでも、レジに並ぶことが出来る。CDショップではCDか、もしくは音楽雑誌などを買うしかない。もちろん100円程度でCDケースやMDケースを買うのもアリかも知れないが、それが部屋に増えていくというのは、あまりにバカバカしい。三月にも、変な顔をされるだけだろう。
 美紀はウキウキしてここまで来たものの、その後どうしようもなくなって、途方にくれた。
 それでも姿だけは見たいと思って、おずおずとレジの方へ近づいていった。レジの前の、新譜のCDを眺めるようにして。
 途中で、三月が美紀に気づいたようだ。
 一瞬目が合うと、口元にほんの僅かな笑みを浮かべて、再び仕事に集中する。
 美紀は気がついて貰えたことだけに満足すると、再び店内をゆっくり巡った。
 何となく、これだけで帰るのは嫌だった。
 あと30分ほどで、20時になる。もし、三月のアルバイトが20時までだったなら、一緒に過ごす時間が作れるかもしれない。でも、もし22時までだったらアウトである。家へ帰るためのバスが、21時台に無くなってしまうからだ。美紀の家のある方面へのバスは、他の線のバスと比べて早くに終わってしまう。
 美紀は退屈を持て余しながら20時まで待ったが、レジの中の三月は相変わらずそこに立っていたので、小さくため息をついて店を出た。
 三月に話しかけることはおろか、再び視線を合わせることさえ出来なかった。
 美紀は意気消沈して、それでもまだ希望を捨てることが出来なくて、近くのマクドナルドに入った。
 飲み物だけ注文して、窓際の席に座る。そして携帯を取り出して、21時過ぎくらいまでマクドナルドにいることを、メールで送信する。
 美紀は携帯をしまうと、やることもなくなって、ぼうっと店内を見回した。
 これから一時間、どうやって時間を過ごそうかと、そんなことを考えていた。



index/back/next