|
「今日は楽しかった〜。ありがとね、バイバ〜イ」 そう言って、菜緒子は軽く手を振ってから、私鉄の改札口を抜けていった。 久美子たちは美紀と別れた後、誘いに応えた菜緒子と合流し、近くのカラオケ店で一時間ほど歌ったのだ。一時間はアッという間に過ぎてしまった。 「イイ子だね、あの子。可愛いし」 菜緒子の姿が見えなくなるまで見送って、小田のそんな言葉をきっかけに、三人は踵を返した。そして、どこへ向かうとも無く歩き出す。 将行は私鉄構内の時計をちらりと確認した。 そろそろ21時になる。 「これからどうすべ?」 帰路に着いてもいいが、まだもう少しは遊べる時間である。 「久美ちゃんはダイジョブ? 門限とか」 「あ〜、大丈夫ですよ。遅くなるってすでに連絡入れてるし」 将行の問いに笑顔で答えて、久美子はふうと一息ついた。 「今ごろ美紀は何してんでしょうね。さすがにもう帰ってますかね」 若葉通りのマクドナルドで、三月のアルバイトが終わるまで待つと、メールが入ってきていた。もしかしたら、まだいるかも知れない。 「……さあ? あいつ、バイト何時までなんだろうね。下手すりゃ11時まであるんじゃね?」 「ほんと、美紀ちゃんて健気だよね。つうか、可哀想。三月なんかを何で好きになったんだろ?」 それまで黙っていた小田が、独り言のように呟く。 美紀が小田から告白を受けたのは、久美子も知っている。恐らく将行も、例え耳にしていなくとも、感付いてはいただろう。 小田の未練じみた言葉に、将行は何のコメントもしなかった。 そのせいか小田は、今度ははっきりと将行に向かって、疑問を口にした。 「妹思いの兄としては、それで良い訳?」 「……俺が妹思いかどうかはともかく、もうくっ付いてんだし、俺の知るとこじゃないね」 将行は冷たくそう言い放した。 それが本心なのかどうかは、久美子にも小田にも分からない。 「でも、なんで三月先輩は美紀にバイトのシフト教えとかないんですかね?」 以前、美紀に相談されたことを思い出していた。 アルバイトのシフトを、あらかじめ教えて貰いたい、と美紀は言っていた。けれどそれが、束縛することになるのだったら、嫌われてしまうかもしれないとも言っていた。 「彼女なんだし、付き合ってまだ半年なんだし、出来る限り会いたいと思うのは当然でしょ? それに春には遠恋になっちゃうんだし、今のうちに会い溜めしとこうって思うのは普通じゃないですか?」 「全くだね。俺だったら美紀ちゃん本人から聞かれなくとも教えてるね。つうか俺から会いたがるしさあ。……なあ、三月って本当に美紀ちゃんのこと好きなわけ?」 いつもふざけ調子の小田が、後半は自然と怒り口調になったのを、二人は神妙に聞いていた。 将行は少しだけ間を置いてから、口を開く。 「……ま、俺が聞くなって言ったのもあるんだけどな」 将行はそれだけ言って、私鉄構内にあるロッテリアに目を留めた。 「ちょっと時間つぶす?」 すでにロッテリアに足を向けている将行にそう言われて、二人は返事することもなくそれに従った。 「正直さあ、俺はあいつの好きにすりゃいいと思うんだけどさ? まあ、なんつうか、二人の言うことも、もっともだし?」 将行は、言い訳のようにそう切り出した。 「じゃ、なんで聞くなって言ったのよ?」 小田がフライドポテトを片手に、尋ねる。三人で一つ、Lサイズを頼んだ。久美子も一本摘む。 「さ〜あ? なんでかね? 俺は自分がかなりマイペースだし、三月のマイペースさも知ってるんだよね。まあ、だからこそ、仲良くなったのかもなあ」 三月と将行は今でこそ周囲も認める友人同士になっているが、実は仲が良くなってから、一年も経っていないらしい。 お互いの存在は知っていたが、話すようになったのは、今年に入ってからのことだそうだ。それも、三月は最初から美紀目的で将行に話しかけたのだ。 「オダヤンは俺が妹思いだっつ〜けど、そうでもないのよ。最初の頃は三月がどんな奴か知らんかったけど、別に妹と付き合いたいならそれでいいしさ? まあ、三月はある意味有名だったから、まるっきり知らないって訳でもなかったけど。悪い噂も良い噂も聞いてたし」 三月が文武両道の優等生を演じていた反面、その交友の悪さも有名だった。 学内でも学外でも、素行の悪い連中と仲良くしていたらしい。本人も、社会的に禁じられていることは、あらかたしていたのだろう。 全く、人は見かけによらないものである。 「三月があいつにどんなふうに接してるか知らねえけど。それで美紀が嫌になったら別れりゃいいじゃん。……って、俺、今二人を敵に回したね」 二人の不服そうな視線を受けて、将行は苦笑した。 それで観念したかのように大きなため息をつくと、背もたれに踏ん反り返って、店内を見渡した。 学生や社会人など、そこそこの客で埋っている。 「さっきも言ったけど、俺は三月のマイペースさを知ってるわけ。だから、正直なトコ、あいつが美紀のことどれだけ真剣に思ってんのか分からない。そういう態度が美紀を不安にさせることも分かってるけどさあ。でも好きなんだからしょうがねえだろ。これから仲を長引かせたかったら、今のうちに慣れといた方が良くね?」 「……正直、賛成しかねますけどね」 久美子はきっぱりとそう言った。 「俺も」 小田も、短く言い切る。将行を非難の目で見ていた。 将行はやっぱり苦笑して、ドリンクを口に運ぶ。 「つうかさあ、バイトのシフトくらい聞きたきゃ聞けばいいだろ? 三月だってそんなの、聞かれりゃ教えるよ。そんなことでウダウダ悩んでる方がおかしいんだよ」 苦し紛れにそんなことを言って、将行は美紀の話を打ち切りにした。 その後、三人は何となく後味を悪くしたまま、それぞれ解散した。 |