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週末明け、月曜日。 美紀は心底機嫌良く登校していた。 土曜日には三月と遊園地でデートしたし、日曜日も三月がバイトに入る前に、お昼を一緒に食べたりしたのだ。 ほんの数日予定が合わなかったくらいで、はたまたアルバイトのシフトくらいで、悩んでいた自分がバカバカしいほどに楽しかった。 楽しい時間を過ごせたということは、三月がちゃんと、自分のことを好きだという証拠だと思った。 美紀は早くこのノロケ話を久美子に話したくて、足早に学校に向かった。 バス停から校門までの間、数百メートルの距離。 最近はお互いが意識して時間を合わせているため、美紀と久美子が駅から学校までのバスで、同じにならない日はめったにない。けれども、今日は姿を見かけなかった。 駅のバス停でメールを送ったが、未だ返って来ていない。 寝坊したのだろうか。 久美子はいつも夜更かしをしているらしいので、遅刻は案外、多いのだ。 案の定、久美子がメールを返してきたのは一時間目が終わってその休み時間の間だった。 「久美子、また遅刻?」 理佳の机の前で携帯を開いていた美紀に、菜緒子がやってきて尋ねる。 小さな頭が、ひょいと美紀の携帯を覗き込んだ。 「でも、今月入ってから初めてジャン? 久美子にしたら上出来だよ」 理佳はそう言って笑った。美紀も、同じく笑って、携帯を閉じる。 「で、週末どうだった?」 久美子はいないけれども、菜緒子にそう聞かれて、美紀は答えずにはいられなかった。二人が呆れる程のノロケ話を展開し始めて、二時間目の本鈴で残念そうに机に戻っていく。 理佳と菜緒子は、やれやれと肩をすくめた。 久美子がこっそりと登校してきたのは、昼休み間近の頃だった。 一度遅刻と決まると、久美子はもう諦めるのか、登校は決まってこの時間である。 三人はいつも使っている空き教室でお弁当を広げると、美紀のノロケ話で改めて盛り上がった。 「へえ、良かったじゃん。楽しかったみたいで」 一通り聞き終わって、久美子は口の端に笑みを浮かべながら、そう言った。 「充分幸せ者だよねえ、美紀は」 「つーか、ノロケ話も飽きたくらいだね」 菜緒子も理佳も、口々にそうコメントする。 「あ〜あ、羨ましい」 菜緒子の言葉に、理佳が、「そう?」と答える。 「別に私はまだいいや。好きな男もいないし、付き合うってイマイチ良く分からん」 「……理佳らしいよね。まあ、私には想像出来ないし。理佳が男と付き合ってるとか」 久美子が皮肉っぽい笑みを浮かべながら、言う。 理佳はショートカットで、考え方も喋り方も、態度も案外男っぽい。 というか、歩き方が何となくガニ股で、親父臭いと称されて憤慨していたのは、どのくらい前だっただろうか。 「あ〜、はいはい、久美子はさぞかし色んな男と付き合ってるんだろね。石岡くんとはどうなったのさ」 「どうにも? それに、別に色んな男と付き合ってるわけでもないし」 「ていうか、久美子のその余裕の持ち方は、ちょっと癪に障るんだよね」 「それは悪うございました〜」 傍から聞いたらケンカにでもなりそうな会話だが、そうはならないのだから仲の良さは保証つきだろう。 お互い遠慮のない口を利いているが、それで相手が怒らないことも、知っている。 美紀は彼女たちと友達で、本当に良かったと思っている。 「……で、シフトは聞いたの?」 ふと、久美子がそんなことを聞いたので、美紀は少し驚いた。 週末は楽しいことばかりで、そんなことは忘れていたのだ。いや、忘れていたということは無いが、どうでも良くなったのは事実である。 「……ううん」 それなので、美紀はあっさりと否定した。 久美子は不思議そうな表情をする。 「何それ、シフトの話って」 理佳に尋ねられたので、美紀は相変わらず口下手に事情を説明した。その説明に、「ふうん」と理佳は興味なさそうに答えたが、菜緒子は箸を止めて美紀への視線を留めた。 「いいの? 聞かなくて」 「……う〜ん、分からない。でも、今日はバイト? って訊けば答えてくれるし、わざわざ一か月分訊く必要もないかなって。それに、今月末には終わるし」 「……ふうん。まあ、そうだよね」 菜緒子はそう納得して、視線を弁当に戻す。 けれど、美紀は自分で言っておいて、何となくしょんぼりしてしまった。 来月には、三月はそう簡単には会えないところへ行ってしまうのだから、それこそ、アルバイトのことなんて関係なくなる。 「でも、なんで三月先輩はそんなギリギリまでバイト入ってんのかね」 「……さあ、まあ、経済的な事情とかもあるんじゃない?」 理佳の問いに菜緒子が適当に答えて、それで会話も途切れてしまった。 その後、会話の中心はスノーボードの話に移り、アルバイトのシフトの話はそれで終わってしまった。 実際、その後も美紀や久美子が、その件について口に出すことは無くなった。 そしてすぐに終業式は過ぎて、皆が楽しみにしていたスノーボードに行く日が、やってきたのである。 |