9.

 週末明け、月曜日。
 美紀は心底機嫌良く登校していた。
 土曜日には三月と遊園地でデートしたし、日曜日も三月がバイトに入る前に、お昼を一緒に食べたりしたのだ。
 ほんの数日予定が合わなかったくらいで、はたまたアルバイトのシフトくらいで、悩んでいた自分がバカバカしいほどに楽しかった。
 楽しい時間を過ごせたということは、三月がちゃんと、自分のことを好きだという証拠だと思った。
 美紀は早くこのノロケ話を久美子に話したくて、足早に学校に向かった。
 バス停から校門までの間、数百メートルの距離。
 最近はお互いが意識して時間を合わせているため、美紀と久美子が駅から学校までのバスで、同じにならない日はめったにない。けれども、今日は姿を見かけなかった。
 駅のバス停でメールを送ったが、未だ返って来ていない。
 寝坊したのだろうか。
 久美子はいつも夜更かしをしているらしいので、遅刻は案外、多いのだ。
 案の定、久美子がメールを返してきたのは一時間目が終わってその休み時間の間だった。
「久美子、また遅刻?」
 理佳の机の前で携帯を開いていた美紀に、菜緒子がやってきて尋ねる。
 小さな頭が、ひょいと美紀の携帯を覗き込んだ。
「でも、今月入ってから初めてジャン? 久美子にしたら上出来だよ」
 理佳はそう言って笑った。美紀も、同じく笑って、携帯を閉じる。
「で、週末どうだった?」
 久美子はいないけれども、菜緒子にそう聞かれて、美紀は答えずにはいられなかった。二人が呆れる程のノロケ話を展開し始めて、二時間目の本鈴で残念そうに机に戻っていく。
 理佳と菜緒子は、やれやれと肩をすくめた。


 久美子がこっそりと登校してきたのは、昼休み間近の頃だった。
 一度遅刻と決まると、久美子はもう諦めるのか、登校は決まってこの時間である。
 三人はいつも使っている空き教室でお弁当を広げると、美紀のノロケ話で改めて盛り上がった。
「へえ、良かったじゃん。楽しかったみたいで」
 一通り聞き終わって、久美子は口の端に笑みを浮かべながら、そう言った。
「充分幸せ者だよねえ、美紀は」
「つーか、ノロケ話も飽きたくらいだね」
 菜緒子も理佳も、口々にそうコメントする。
「あ〜あ、羨ましい」
 菜緒子の言葉に、理佳が、「そう?」と答える。
「別に私はまだいいや。好きな男もいないし、付き合うってイマイチ良く分からん」
「……理佳らしいよね。まあ、私には想像出来ないし。理佳が男と付き合ってるとか」
 久美子が皮肉っぽい笑みを浮かべながら、言う。
 理佳はショートカットで、考え方も喋り方も、態度も案外男っぽい。
 というか、歩き方が何となくガニ股で、親父臭いと称されて憤慨していたのは、どのくらい前だっただろうか。
「あ〜、はいはい、久美子はさぞかし色んな男と付き合ってるんだろね。石岡くんとはどうなったのさ」
「どうにも? それに、別に色んな男と付き合ってるわけでもないし」
「ていうか、久美子のその余裕の持ち方は、ちょっと癪に障るんだよね」
「それは悪うございました〜」
 傍から聞いたらケンカにでもなりそうな会話だが、そうはならないのだから仲の良さは保証つきだろう。
 お互い遠慮のない口を利いているが、それで相手が怒らないことも、知っている。
 美紀は彼女たちと友達で、本当に良かったと思っている。
「……で、シフトは聞いたの?」
 ふと、久美子がそんなことを聞いたので、美紀は少し驚いた。
 週末は楽しいことばかりで、そんなことは忘れていたのだ。いや、忘れていたということは無いが、どうでも良くなったのは事実である。
「……ううん」
 それなので、美紀はあっさりと否定した。
 久美子は不思議そうな表情をする。
「何それ、シフトの話って」
 理佳に尋ねられたので、美紀は相変わらず口下手に事情を説明した。その説明に、「ふうん」と理佳は興味なさそうに答えたが、菜緒子は箸を止めて美紀への視線を留めた。
「いいの? 聞かなくて」
「……う〜ん、分からない。でも、今日はバイト? って訊けば答えてくれるし、わざわざ一か月分訊く必要もないかなって。それに、今月末には終わるし」
「……ふうん。まあ、そうだよね」
 菜緒子はそう納得して、視線を弁当に戻す。
けれど、美紀は自分で言っておいて、何となくしょんぼりしてしまった。
 来月には、三月はそう簡単には会えないところへ行ってしまうのだから、それこそ、アルバイトのことなんて関係なくなる。
「でも、なんで三月先輩はそんなギリギリまでバイト入ってんのかね」
「……さあ、まあ、経済的な事情とかもあるんじゃない?」
 理佳の問いに菜緒子が適当に答えて、それで会話も途切れてしまった。
 その後、会話の中心はスノーボードの話に移り、アルバイトのシフトの話はそれで終わってしまった。
 実際、その後も美紀や久美子が、その件について口に出すことは無くなった。
 そしてすぐに終業式は過ぎて、皆が楽しみにしていたスノーボードに行く日が、やってきたのである。



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