10.

 結露して真っ白になったバスの窓から、眩い光が差し込んでいた。
 美紀は、指で窓の結露を拭うと、外の様子を伺い見る。辺りは一面、真っ白な雪に覆われていた。
 こんなに沢山の雪を見たのは、久しぶりのことである。
 美紀達が住んでいる県は比較的暖かく、雪が降る事は一年間に一、二度しかない。
 ましてやこんなに降り積もることは、思い返す限り、一度としてないだろう。
 バスが進む山道の両側は、数メートルの雪が降り重なり、まるで壁のようになっていた。
 ……結局、一睡も出来なかった。
 初めてのスノボー旅行に、そして夜間バス。
 興奮と緊張が混ざり、更にバスの寝難さも加わった。
 美紀は、雪に反射する朝日の眩しさに目を細めると、再びカーテンをきっちりと閉めて体勢を改めた。
 首も肩も腰もお尻も、全てが痛い。
 こんなんで本当に、今日いきなり滑り出すことが出来るのだろうか。
 そんなことを不安に思いながら、美紀はそっと隣に座っている三月の顔を覗き込んだ。
 両腕を組み、少しうなだれたまま、瞳を閉じていた。
 三月は、良く眠れたのだろうか。
 しばし覗き込んでいると、少し長めの睫毛が微かに動く。そしてふと、目が開いた。
 思わず目があってしまい、美紀は慌てて視線を外す。
 寝顔を見つめていたことがばれて、少し恥ずかしかったからだ。
「……もう、着きそうだね」
 三月が、落ち着いた声で、囁くようにそう言った。
 美紀の耳元、息も感じるほどの距離である。
 美紀は顔を赤らめながら、頷いた。
 照れ隠しに周りの乗客を見渡せば、ちらほら起き出している人がいるようだ。カーテンを開けて、先ほどの美紀と同じように外を眺めている人もいる。
 通路を挟んで隣に腰掛けている久美子と、窓側の将行。
 菜緒子と理佳は、美紀たちの後ろに座っている。久美子たちの後ろには、小田と安部拓也が座っていた。
 安部は良く三月の話に出てくる名前で、どうやら二年、三年と同じクラスだったらしい。
 また安部と将行とは一年の時に同じクラスだったらしく、安部と小田は同じバスケ部だった。
 やがて、バスの運転手からアナウンスが入った。
 どうやら、もうすぐ、スキー場に着くようだ。




 バスから降りると、トランクから下ろされた荷物を抱えて美紀たちは目的の民宿へ向かった。そこでチェックインを済ませ、荷物を預けて、着替えるのだ。
 美紀は自分の腕時計で時間を確認した。
 まだ、午前7時を過ぎたばかりである。
 チェックイン出来るのが、午後1時。チェックインを前に、先に滑り始めることになる。リフトが動き出すのは八時半だというので、支度をしていれば調度良い時間になるだろう。
「美紀ちゃん、滑るから気をつけてね」
 肩に中くらいのボストンバッグと、そして手にボードケースを持った三月が、美紀の隣を歩いた。危なっかしい足取りの美紀を、心配そうに気遣ってくれる。
 美紀も大きなボストンバッグを抱えていた。
 色んなものを詰め込んでいたら、大きな荷物になってしまったのだ。
「多分、大丈夫です〜。でも、かなり滑りそうですね」
 ここで転んだら、本当に自分のトロさ加減を皆に見せつけることになってしまう。
 美紀は慎重に雪を踏みしめて歩いた。
「お、あれだな」
 三月と同じくボードを担いだ将行が、片手で持った地図を確認しつつ、一つの建物を指差した。
 白い外壁の、こじんまりとした民宿だった。
 全員で、8人。美紀たち集団は、ぞろぞろとその民宿の中へ入っていった。


「あ〜、あんたやっぱり眠れなかったんだ」
 肌にSPFの高い日焼け止めを伸ばしながら、久美子が美紀の顔を覗き込んでそう言った。肌の血色の悪さに、気がついたのだろう。
「あれで皆良く眠れるよ〜。久美子も眠れたの〜?」
 情けない声を出しながらそう答えれば、久美子は苦笑しながら、曖昧な返事をした。
「私も微妙。眠れたような、眠れてないような。途中うとうとしてたけど、まあ、熟睡は出来ないよね。今日の夜は爆睡だな」
 民宿の更衣室でレンタルしたボードウェアに着替えながら、美紀たちはワイワイとおしゃべりをしている。
 皆で旅行に来たこと自体初めてなので、それぞれに興奮しているようである。
 日焼け止めを塗り終えて、久美子は更にメイクに取り掛かったようだ。
 美紀も急いで、肌に日焼け止めを塗りたくる。
 菜緒子と理佳の方は、もうすっかり支度が整ったようで、ゴーグルをかけてふざけ合ったりしていた。
「あんた色白いから、焼けても赤くなって終わるタイプでしょ」
 久美子がファンデーションを塗りながらそう言った。
 その通りだったので、美紀は頷きながら、鏡で顔を確認した。日焼け止めを塗ったせいで、顔がテカっている。
「もう、酷いことになるよ〜。顔中真っ赤になって、超痛くなるし〜」
 夏に海に行ったときも、日焼け止めを塗っていたのにも関わらず、鼻から頬にかけて赤く焼けてしまった。
 ヒリヒリして、顔を洗う時辛い思いをしたことを思い出す。
 今回は、どうしても焼きたくなかった。
「ま、念入りに塗っときな。……でも早くしないと、男たちが待ちくたびれることになるよ。後で兄ちゃんに文句言われるかも」
 そう言った久美子は、もうメイクも終えて、ジャケットを羽織っていた。
 美紀も慌てて、あたふたと支度を急いだ。



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