11.

「……きゃふ!!」
 思わず間抜けな声を出して尻餅をついたのは、民宿から出てすぐのことだった。
 三月が慌てたように振り返って、こちらに歩み寄ってくる。
「大丈夫?」
 ボードを小脇に抱えて、手を差し伸ばしてくれた。先ほどから気をつけろと言われていただけに、美紀はしょんぼりとしながらその手につかまる。
「もう、こうなるとお約束だな。グッジョブだ」
 呆れ果てた表情を見せたあと、やれやれという仕草を見せつつ、将行はそんなことを言った。
 三月に引き起こされながら、美紀は口を尖がらせて将行の顔をにらむ。
「あはは、でももうウェアに着替えてるから被害は少ないよね。つーか、さっき理佳も足滑らせてたし」
 久美子が笑いながらそう言った。
 ざくざくと雪を踏みしめて、スキー場へ向かう。
 ボードブーツを履いていると、歩き方がどうしてもぎこちなくなってしまう。
 足首がうまく曲がらないせいだろうか、ともかく美紀はなるべく気をつけながら、ひょこひょこと皆の後についていった。
 最後尾からは、小田がゆっくりと歩いてくる。
 そのせいで、美紀はあまり急がなくても安心できた。
「大丈夫だった?」
 小田が美紀の後ろの方から気遣いの言葉をかけてきてくれた。
 美紀は首を捻りながら、頷く。にっこりと笑みを見せたら、小田も同じように微笑んだ。
「いやあ、俺もさあ、こういうふうにスキー場へ向かって歩くの好きじゃないんだよねえ。なんだかさ、非常に疲れるじゃん? 滑り出す前に体力消耗させるよね。太ももとか、ふくらはぎとか、す〜ぐダルくなっちゃうしさ?」
「……あはは、そうだね〜。もうかなりしんどい〜。運動不足だから、めっちゃ筋肉痛になりそう」
「俺もスノボー来るたびに筋肉痛だね。美紀ちゃん、明日は覚悟しといた方がいいかもネ!」
「え〜、ほんと? やだなあ。ただでさえ運動音痴だから、今からかなり不安……」
 そう口に出したら、本当に不安になってしまって、美紀は緊張に顔を強張らせた。
 こんな板に足を固定されて、斜面を滑り出したら止まることが出来なさそうで怖い。転ぶのは美紀の専売特許のようなものだけど、普通に道で転ぶのとは訳が違うのだ。
「ま、まま。大丈夫だよ、美紀ちゃんでもすぐ滑れるようになるって」
 小田はそう言って、励ましてくれた。
 本当に、いい人だと思う。小田と話していると、何だか気持ちが和むのだ。
「小田くんは、かなり滑れるの〜?」
「いやあ、ボクは全然。君のお兄さんの無謀さに比べたら、ボクなんてかなり小心ですから。初心者コースを大人し〜くゆっくり滑りますヨ」
 何故か変な口調になって、小田はそんなふうに謙遜した。
「ホント〜? なんか小田君って運動神経良さそうだし」
「んまあ、ほどほどダネ!」
 小田と話していたら、ようやくスキー場のふもとにたどり着いた。
 すでにリフトは動いていて、滑り降りてくるボーダーやスキーヤーが多く見える。
 一番先頭の将行と安部は、リフト券売り場の方へ向かっていた。
 そんな二人に着いていかずに、三月は振り返って小田に話し掛けた。
「あ、小田。……午前は、俺とお前で女の子たち教えることになったから。午後は交替だって」
「あ〜、いいよ。んじゃ、とりあえず俺たちはリフト券まだ買わなくていいよね」
「そうだな。……じゃあ、最初はテキスト通り、準備体操でもするか」
 どうやら男性陣でそういう話し合いがあったようだ。三月と小田が、そういうふうに話し合ってから、美紀達に手招きをした。


「ぎゃ〜〜〜、止めて〜〜」
 へっぴり腰で斜面を滑りつつ、美紀は半分転びそうになりながら悲鳴を上げた。
 斜面の下方で待機していた三月に向かって、体当たりするかのように突っ込んでいく。ついには尻餅をついてそれでも尚滑り落ちていく美紀の身体を、三月が抱えるように支えてくれた。
「……こ、これ、どうすればいいんですかあ?」
「止まる時は、斜面と反対側に身体を向けてエッジをかけるようにするんだけどね。……ともかく美紀ちゃんは重心を後ろに置いちゃうから、滑り始めるとスピードがついちゃうんだよね。まずはゆっくり、板の先をあまり下に向けずに、エッジをかけながらズルズルと降りてきてみて」
 三月はそう言って、美紀の右足のビンディングを外してくれた。そのまま彼の手を借りて、立ち上がる。再び斜面の上側に向けて、歩き出した。
 ボードは重いし、滑るし、雪の歩きにくさもあって、数回斜面を往復しただけでもう息が大分上がってしまっている。
 寒いはずなのに、汗がじんわり浮き出してくる。
 そんな美紀の隣を、今度はゆっくりと久美子が滑り降りていった。
 頼りないフォームだけれども、転ばずにちゃんと滑り降りている。エッジのかけ方もすでに体得したようで、三月の手前でブレーキをかけていた。
 三月と一言二言、言葉を交わしている。
 上に視線をやれば、小田に手を借りながら、立ち上がっている菜緒子の姿が見えた。どうやら滑り始めにいきなり転んだようだ。
 小田と三月によって、マナーや立ち方転び方、滑り方や止まり方など、一通り教わってようやく滑り始めたところだ。まだ、リフトを使わずに、自分で昇って滑り降りている。
 周りを見れば、同じくスクールで教わっている集団も同じようにして練習していたから、三月たちの教え方はとても正しい方法のようだ。
 それに、三月と小田は丁寧に優しく教えてくれる。
 午前の部の人選は、正しかったようである。
 ……けれど。
 もうすぐ、お昼になる。
 久美子と理佳は大分上達し、もう午後にはリフトで上に行ってみたいと言っていた。ただ、菜緒子と自分は、リフトで上に行くなんてとんでもないことのように思えた。
 まず、リフトからどうやって降りればいいことやら。
 美紀はぜいぜいと息を上がらせながら、大きくため息をついた。



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