12.

「美紀、早く早く」
「……待ってよ〜。何だか足がガクガクして上手く歩けないんだから〜」
 午後に一度チェックインを済まし、再び滑り始めて現在16時くらいである。
 男性陣と久美子、理佳の5人は未だ滑っているが、美紀と菜緒子は一足先に帰ってきたのである。もう大分体力を消耗し、これ以上続けるのは辛いと感じたからだ。
 皆がまだ滑っている間に、早風呂をしようと言い出したのは、菜緒子の方である。
「ここの民宿、一応温泉なんでしょ? ゆっくり浸かって、今のうちに疲れ取っておこうよ」
「……なんかあ、いくら温泉でも疲れ取れなさそうなほど疲れてるんだけど……。階段降りるのつらいよ〜。明日大丈夫かなあ」
「確実に筋肉痛だよね。……しかも明日はリフト使うって、やる気満々だったもんね。特に星野先輩と安部先輩は〜」
 菜緒子は柔和な笑みを浮かべながら、そう言った。
 どうにも、あんまり緊張感が無いというか。菜緒子は自信があるのだろうか。
「菜緒子は、リフト怖くないの?」
 ようやくお風呂場に着いた。
 こじんまりとしているが、リニューアルしたばかりなのか、割と綺麗な脱衣場だった。
 脱衣場に置かれたスリッパを見ると、すでに2〜3人先客がいるようだ。
「え〜? 怖いよ? でも先輩たち優しいし、何とかなりそうじゃん? 早く皆と一緒に滑れるようになりたいし」
「……それはそうなんだけど」
 結局、二人はターンまで行き着かなかった。ただし、木の葉のように同じ向きのまま、左右に滑り降りていくところまでは出来るようになった。
 何となく、エッジをかける方法も、分かってきたような気がする。
 けれど、相変わらず不安たっぷりな滑り方をしているのも、確かだ。
「まあ、お互い頑張ろうよ。っていうか、一緒に滑ろうね。抜け駆けはなしで!」
「それはこっちのセリフだよ〜」
 菜緒子はフフっと笑って、タオルなどをカゴに入れると服を脱ぎ出した。
 二人とも、ウェアの下に着ていたスウェットの上下に身を包んでいた。
「でも、今日曇ってたのにけっこう焼けちゃったね。やっぱスキー場って紫外線凄いんだあ」
 美紀は脱衣場の鏡を見ながら言った。
 鼻や頬が赤くなって、少し照かっていた。ただ赤いのは、スキー場の寒さのせいかも知れない。
「そうだね〜。明日は更に厳重に塗っとかないと。……先入ってるね?」
 菜緒子は美紀が鏡を見ている間に、さっさと服を脱いで、浴場の方へ入っていってしまった。
 相変わらず、美紀は人前で裸になるのが恥ずかしい。
 視界の端に入った菜緒子の体は本当に華奢で、美紀なんかよりも全然細くて、少し力をこめれば折れてしまいそうだった。
 拒食症っぽい、とまではいかないが、人並みよりも細い。
 一方美紀は、決して細いと言えるような体型ではないため、自信がないのである。
 美紀は服を脱ぐと、下着姿のまま脱衣所の脇にあった体重計に乗ってみた。
 ……45キロ。身長が153センチだから、やっぱり理想よりも遥かに重い。
 菜緒子は美紀よりも数センチ背が低いが、恐らく30キロ代だろう。
「……や、痩せなきゃ」
 美紀はぼそりと呟くと、それでも観念して裸になると、タオルで出来るだけ体を隠しながら浴場へ入った。




 浴場に入ると、壁側にシャワーが並び、菜緒子が一人だけ端の方に腰掛けて頭を洗っていた。美紀はその隣に腰掛ける。
 浴槽の中には一人女の人が入っている。奥の扉の向こうには露天風呂もあるらしく、そちらの方にあと二人いるようだ。
「ねえ、美紀。星野先輩って、久美子のこと好きなの?」
「……え?」
 唐突な質問に、美紀は思わず菜緒子の方を見て、でもすぐに視線を戻す。やっぱり、いくら女同士とは言え、裸を見るのは恥ずかしい。
「さあ、分かんない。……色々言ってるけど、どこまで本気なんだろ〜?」
「久美子はどうなんだろうね? でも久美子には石岡君もいるしね」
「私はそっちの方がどうなのか気になるよ〜。久美子と石岡君て、いつからあんなに仲良くなったんだろう? 久美子は否定してるけど、付き合ってるのかなあ」
 美紀は目を瞑って頭を洗いながら、首を傾げた。
「さあ、本人の言う通り、付き合ってはいないのかも」
「……でも、菜緒子なんでそんなこと聞くの〜? もしかして、お兄ちゃんのこと気になってる? 止めといたほうがいいよ〜?」
「……え! 違うって」
 菜緒子は笑って否定した。
「ただの興味だよ。……じゃあ、小田先輩は? 彼女いるの?」
「……ええと、多分、いないと思うけど。……でも小田君って色んな女の子と仲良いから、その中に彼女いるのかなあ」
 結局美紀には、小田の告白が本気のものだとは思えないのだ。
 あんなに沢山女友達がいるんだし、色んな子に対して、ああいうふうに言っているのかもしれない。
「そうかあ、そうだね。……駅前に行くと、女の子といるところ良く見るもんね……。じゃあ、安部先輩は?」
「いないって言ってたよ〜。ちょっと前に別れちゃったんだって。でも相当引きずってるみたいだって、先輩が言ってた」
 シャワーで頭を流して言えば、隣の菜緒子が立ち上がった。
「そか。じゃあ、美紀達以外は皆フリーなんだ。……さて、先浸かってるね」
「うん」
 美紀は相変わらずモタモタと、今度は洗顔に取り掛かる。
 美紀が浴槽に入った時には、菜緒子はすっかりのぼせたようで、お風呂の縁に腰掛けて体を冷やしていた。
「久美子から聞いてたけど、本当に遅いんだねえ」
「……ご、ごめん」
「まあ、私も長風呂する方だから、いいんだけど」
 菜緒子は笑って、もう一度お風呂に浸かった。美紀と並んで座りながら、やっぱり色んな恋愛話に盛り上がっていると、脱衣場から理佳が姿を見せた。
 まだボードウェアを着たままである。
「やっぱりお風呂にいたんだ! 部屋の鍵もないし、携帯にも出ないし、困ってたんだよ? 鍵、持っていっていい?」
 理佳が少し怒り口調でそんなことを言った。
「ごめんごめん、戻ってくるの早かったね。私のカゴの中に入ってるから持っていって。青いバスタオルが入ってるカゴだから」
 湯気の中、あんまりはっきりとしない姿の理佳に、菜緒子が笑いながら答える。
「了解〜。……私たちもすぐ風呂に入りに来るから」
 そう言い残して、理佳は浴室の扉を閉めた。
「……来るって、私たちそれまで待ってた方がいいのかな」
 菜緒子が呆れたように言うので、美紀は笑って、露天風呂の方へ目を向けた。
 すでにもう、誰もいない。
「じゃ、露天風呂の方へ行こうよ〜。露天風呂ならのぼせないかも」
「そうだね。そうしよう」
 美紀の提案に、菜緒子はザブザブとお湯をかき分けて、露天風呂の方へ向かった。美紀も、お湯に足を取られながら、それに従った。




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