13.

「それじゃ、今日はお疲れ〜」
 将行の音頭で、8人はジュースで乾杯をした。
 それぞれに口に含んだ後、今度は料理に手を伸ばす。今日のメニューは鍋だった。
「いやあ、星野先輩って上手いんですね、ボード。どのくらいやってんですか?」
 たまたま将行の正面に座った理佳が、将行に話し掛けた。
「ああ、もう3年目になるんだわ。でもまあ、山下さんもそのくらい後には相当上手くなってそうだな。飲み込み早いし」
「こんなに面白かったんだ、スノボー、って感じです」
「あはは、問題はその二人だな」
 その言葉に、えのき茸を口に運ぼうとしていた美紀の動きが止まる。
 将行を非難の目で睨み付けた。
「うわ、怖。運動音痴は自分のせいだっつの」
「お兄ちゃんの教え方も酷いと思うけど〜?」
「何言ってんだよ。転ぶのなんか怖がらずに一気に滑ってみた方がいいんだって! リフト使った方がラクだしよ、上達も早いのにお前らが嫌がったんだろ〜?」
「……すみません、止まれなかったらと思うと怖くて」
 菜緒子が少し笑いながら謝れば、将行はコロッと表情を変える。
「いやあ、木村さんは俺が全身で受け止めてやるから、心配いらないさあ。……まあ、美紀は自力で派出に転んどけ。お前はコケるの得意中の得意だろ」
「は〜? ドサクサに紛れて何言ってんの〜? 菜緒子だってお兄ちゃんに飛び込むくらいなら、転んだ方がいいよね〜?」
 相変わらずの兄妹の罵りあいに、皆が笑っている。と、いうか呆れている。
 そうやって皆で話しながら夕食を食べ終えると、とりあえず各自部屋へ戻った。




「これから、もう就寝でいいのかな?」
 早くも布団を敷きながら、理佳が尋ねてくる。
 部屋は8畳の和室で、4人一緒である。それぞれに荷物やウェアの片付け、歯磨きなどしていたら、時間は21時半頃になっていた。
「どうだろうね? 男たちの方もそろそろお風呂上がった頃かもしれないね。訊いて来る?」
 敷布団にシーツをかけて、久美子が立ち上がった。
 男性陣の部屋は三つほど離れた隣にある。
「また、ウノとかやるのかな〜。私弱いから嫌なんだよね〜。トランプの方がまだいいよ」
 美紀が枕をセットしながら言う。夏のことを思い出して、久美子が苦笑した。
「……え、あんたトランプの方が弱そう」
「あ〜、久美子、酷っ」
「今回お酒買ってきてるのかねえ? よく分からないけど。とりあえず訊いて来ようよ、美紀」
「……あ、うん。じゃ、二人ともちょっと待ってて〜」
 二人の、「はーい」と素直な返事を後に、美紀と久美子は部屋を出た。




 ノックをすれば、顔を出したのは安部だった。
 髪の毛がまだ濡れている。お風呂から上がったばかりなのかも知れない。
「おっと、どうした?」
「……これから、もう就寝でいいのか確認に来ました〜」
 美紀が言えば、安部は二人を部屋へ招きいれ、奥の方を振り返った。
 部屋の中は、美紀たちの部屋と同じようにすでに布団が敷かれている。
「どうなの?」
 奥の方で、小田がバスタオルを干していた。
「星野たちがさっき買出しに行ったから、もうちょっとしたら帰ってくるんじゃないかなあ。とりあえず皆こっちおいでよ〜」
「じゃあ、私呼んでくるよ」
 小田の言葉に、久美子が踵を返した。部屋を出て、間もなく引き返してくる。
 後から、菜緒子と理佳が部屋へ入ってきた。
 美紀は敷かれた布団の上に適当に座りながら、あたりを見渡していた。
 部屋の間取りは自分たちの部屋と変わらない。壁側にはウェアが四組かけられていた。
「星野先輩と三月先輩はどのあたりまで買出しに行ったんですか?」
 菜緒子は小田の隣に座りながら、話し掛けた。
「何かすぐ近くの土産物屋さんらしいよ? お酒も売ってるんだって。木村さんはお酒飲める?」
「私、あんまり飲んだことないんです。サワーを少し飲んだことあるくらいで。お酒って苦くて、苦手」
「そっかあ。まあ、それが普通だよね。一年生だし。俺なんて最初飲んだ時調子に乗って飲みすぎて、大変なことになったからねえ。もう、ふらっふらでローゲーローゲー」
「あはは、何ですか、それ〜」
 菜緒子は楽しそうに笑いながら、小田と会話を続けていた。
 美紀はそんな菜緒子を見ながら、久美子と話す。
「小田君って、面白いよね。菜緒子も楽しそう」
「……ああ、そうだねえ。女友達多いのも分かるよね。人を楽しませるのって、頭良くないと出来ないし。何あんた、やっぱ小田先輩の方が良くなった?」
「……く、久美子! 何言ってんの、もう!」
 誰かに聞かれなかったかキョロキョロと確認しつつ、久美子の腕を軽く叩く。
 久美子は、「痛い」と言いながら、大袈裟に腕をさすった。意地悪そうに、笑っている。
「ほんとに、久美子は一言多いんだよ〜」
「はいはい、すみませんね」
 謝りながらも、久美子は笑っていた。
「ホントに反省してる?」
「してます、してます。……て、何ムキになってんのさ。ちょっとした冗談なのにさ」
 そう言われて、今度は美紀の方が赤面して黙り込んでしまった。
 久美子はやれやれ、と肩をすくめながら、理佳の肩に手を置きながら立ち上がる。
「ちょっとトイレ行って来る。美紀の相手よろしくぅ」
 久美子はそう言って、部屋から出て行ってしまった。
 トイレは、共同のものが部屋の外にある。
「何、久美子とケンカ?」
「え? 違うよ〜。痴話ゲンカ〜」
 美紀は笑って答える。イマイチ答え方がおかしかったので、理佳は首を傾げた。
「は? やっぱケンカなの? ま、いつものことか。これから何すんのかね? けっこう疲れたから、今日は早くに寝たいんだけどな」
「今、お酒買ってきてるんだって〜。そんなに長くはやらないんじゃないかなあ。ねえ、理佳はお酒飲めるの?」
「まあ、ちょっとくらいなら。美紀は?」
「私は全然ダメ〜。夏頃飲まされて、次の日死にそうになったよ〜」
 言って、美紀は少しだけ顔を赤くした。
 あの日、酔いつぶれた美紀は、三月先輩に抱きかかえられて部屋に戻った。一度目が覚めたが、もう一度寝たときに先輩とキスをする夢を見たのだ。
 結局、本当のキスは未だしていないけれど。
 何げに赤面して黙り込んだ美紀を、理佳は不思議そうに眺めていた。
 理佳は、突然別世界に飛んでしまった美紀を放って置いて、向かいの安部に話し掛ける。安部は、手にトランプを持っていた。
「これから、やるんですか? やっぱり、大貧民?」
「山下さんは大貧民、得意?」
 安部は手にしたトランプを手馴れた様子で切っていた。
「ん〜、普通ですけど」
「何かバツゲームとか考えてるみたいだったよ。ま、お互い頑張ろうね」
 安部はそう言って、不敵に笑った。



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