15.

 一時間ほど経って、部屋の様子は少し変わっていた。
 理佳は眠いと言って、途中で女部屋に帰ってしまっている。
 そして7人の内、小田と菜緒子が仲良く撃沈していた。二人は並んで、布団に突っ伏して、寝入っている。
 ちなみに小田の額には、「肉」の文字。ノリで将行が書いたものだ。
 美紀は久美子の肩に寄りかかってウトウトと船を漕いでいるし、久美子と安部、将行、三月はダウトで白熱していた。
「「ダウト!」」
 安部と将行の声が重なった。
 三月が最後の一枚を出した時である。将行は引きつった笑みを浮かべながら、そのカードに手を伸ばす。一方三月は、涼しい顔をしていた。
 将行がそのカードを確認して、安部と同時にガックリと肩を落とす。そのカードは、確かに三月が声に出して言った数字と同じものだった。
「なんだよ、何で上がれるんだよ〜」
 安部は投げやりにトランプを撒き散らして、後ろに倒れこむ。
 大分酒も回って、そろそろダウンのようだ。
 久美子も手持ちのトランプを布団の上に放ると、美紀を支えながら三月の方を見る。
「いやあ、三月先輩ってほんと何やらせても強いですね。何か完璧すぎて嫌味かも」
「……だよなあ。やってらんねえよ。もうやめ」
 将行はトランプをまとめると、それを箱に仕舞った。缶に僅かに残ったビールを煽って、それをゴミ袋に入れる。
「そろそろお開きにすっか。お〜い、皆起きろ〜」
 将行の一言で、菜緒子がもぞもぞと身を起こした。瞼はまだ半分伏せられたまま、むくっと起き上がる。
「菜緒子、大丈夫?」
 久美子が声をかければ、菜緒子は軽く頷いて、立ち上がった。久美子も美紀を支えて立ち上がり、あたりを見回す。
 安部と三月が部屋に散乱した酒のビンや缶を集めている。ちなみに小田は熟睡しているようで、先ほどから微動だにしなかった。
「あ、もう部屋に戻っていいよ。片付けは適当にやっとくし」
 将行がビニール袋を片手にそう言ったので、三人はその言葉に甘えて部屋に戻ることにした。
 部屋に戻るなり美紀と菜緒子が早々と布団に入り、そのまま寝入ってしまったので、久美子は呆れつつ部屋の電気を消した。



 頭の上の方を、人が通っていく物音で美紀は目を覚ました。
 窓からはカーテン越しに日が差し込み、部屋の中を明るくしている。
 美紀は瞼を持ち上げると、部屋の様子を確認するために上半身をあげようとして、固まった。
 肩から腕にかけて、鈍痛が走る。
 足を動かせば、同じような感覚。
「あ、美紀起きた〜? おはよ」
「おはよ、理佳〜。どうしよう……、起き上がれな〜い」
「あはは、筋肉痛でしょ? 私も酷いよ。スノボーって思ってるより色んなトコの筋肉使ってるよね。背筋とかも痛いよ」
 理佳はもう、顔を洗ってきたようだ。
 無理やり上半身を起こして部屋の中を見回せば、菜緒子はまだ寝ているようで、久美子は部屋にいなかった。おそらく洗顔に行っているのだろう。
「今何時〜?」
「もう7時になるよ。朝ご飯の待ち合わせ7時半だから、そろそろ起きて支度しないと」
「……うん。……あ〜、でもホント、体動かせないよ〜。痛すぎる〜」
 美紀は体を動かすたびに悲鳴を上げながら、部屋の中を這うようにして荷物から洗面用具を引っ張り出した。
 その間に、理佳は菜緒子を起こしている。
 ふらふらと立ち上がって洗面に向かえば、歯を磨いている久美子と、顔を洗っている小田がいた。
「おはよ〜」
 声をかければ、久美子がこちらに振り返った。
「あ、みひ、おひたんら」
「あはは、久美子、何言ってるか分からないよ。小田君、おはよ」
「ん〜」
 洗顔中の小田は、相槌を打つだけに終わる。それも何となくおかしく思って、美紀はフフフと笑った。
「どう? 筋肉痛の方は」
 歯磨きを終えた久美子が、尋ねて来た。
「あ〜、もう、地獄の苦しみって言うか……」
「あっは、大袈裟だって。でも私もけっこうあるんだよねえ。部活やってるのに、情けないなあ〜」
「使う筋肉が違うからねえ。あ、美紀ちゃんオハヨ」
 小田が顔を拭いて、微笑んだ。
「おはよ〜。今日はいい天気になったね」
「だね〜。スキー焼けしないように気をつけてね。多分男たちはみんな、ゴーグルの跡がつくと思うけど」
「あれって間抜けですよね。三月先輩とかも、そうなるんですかねえ。むしろなって欲しいなあ」
「え〜? 三月先輩はならないで欲しい〜」
 そんな話をしていたら、当の本人が部屋から姿をあらわした。
 少しだけ寝癖がついているのが何となく、可愛い。絶妙のタイミングでの登場に、三人は顔を見合わせて笑った。
「……俺が、何になるって?」
 三月は訳もわからず笑われて、何だか呆れたような表情をしていた。
「あはは、何でもないです。おはようございます」
 久美子がぺこりと頭を下げる。
「おはよう。昨日は良く眠れた?」
「ええもう、ばっちりと。あ、そうそう昨日、美紀が寝言で、先輩だいすき〜! なんて叫んだりしてましたよ」
「え! 嘘!」
 そんな冗談に、美紀が慌てて久美子に縋りつく。久美子は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「それは光栄だね」
「え〜、ていうか、嘘でしょ? 久美子〜」
「さ〜? どうかね。んじゃ、お先に〜」
 久美子は笑ったまま、洗面から立ち去ってしまった。美紀はどういう表情をしていいのか分からずに、ただそんな久美子の姿を見送る。
「も〜、久美子はいつもあんなふうにからかうんだから……」
 照れ隠しにそんなふうに言って三月を見上げれば、三月は軽く笑み、美紀の頭に手を置いてから、小田の方へ歩み寄った。
「はよっす」
「……あ〜あ、洗っても落ちなかったみたいだな。赤くなって余計目立ってるし」
 小田の額にはうっすらと、「肉」の文字が残っている。
「だろ〜? こすっても落ちねえんだもん。まあ、帽子かぶっちゃえば見えないからいいけどさ〜。星野のヤツ〜」
「早くに撃沈するお前が悪いんだって。ま、今夜復讐すれば?」
「だな〜。んじゃ、お先〜」
 そう言って小田も部屋へ戻っていき、二人はそんな小田を気の毒そうに見送った。



index/back/next