16.

「わあ、広〜い」
 美紀は仲居さんに案内されて部屋に入るなり、歓喜の声を上げて部屋内を見て回った。
 8畳の和室が二つ繋がっていて、更に奥には板間がある。
 仲居さんが部屋を退いてから、三月は板間で窓から外を眺めている美紀のそばに近づいた。
「気に入った?」
 尋ねれば、美紀は満面の笑みで振り返り、頷く。
「はい! スノボーのときの民宿はけっこう古かったし……。ここは綺麗ですね〜」
「リニューアル直後らしいからね」
 三月はそう言うと部屋の方へ戻り、座布団に腰を落とした。
 それを見て美紀も小走りに部屋に戻ると、三月の向かいに座る。テーブルの上にあった漆塗りの丸い箱から茶碗と急須を取り出し、お茶を入れた。
 それを三月の方へ差し出すと、「ありがとう」と笑う。そして、ぽつりと言った。
「……なんか、新婚旅行みたいな気分だね」
「え……ええ!? な、何言ってんですか〜!」
 予想通り、赤面して慌てたような美紀の反応が返ってくる。
 それを見て、三月は歯を見せて笑った。実は先ほどから、美紀の態度や反応が面白くてたまらないのだ。
 どうやら緊張しているらしいのだが、そのせいでテンションが高い。たまに声がひっくり返るところが更に可愛らしい。
「美紀ちゃん、そんなに緊張しなくていいから」
「……え? わ、私そんな緊張してるように見えますかあ?」
「うん、だってさっきからかなり挙動不審だもん。ていうか、視線が泳いでる」
 図星だったので、美紀は次の言葉が出なくなってしまい、口を開けては閉じた。
 耳まで熱くなってくるのが分かる。
 三月をスノボーに誘った時、そのまま温泉に行こうと言われて、何も考えずに了解した。実際ここまで来て、ようやくその意味に気がついたというか。
 部屋に二人きり。
 しかも、お泊り。
「……さて、食事まで時間あるから、温泉でも入って来るかな。美紀ちゃんも入るでしょ?」
「あ、はい。……ええっと、ご飯は何時からでしたっけ?」
 ここへ案内された時仲居さんから説明があったような気はするが、頭の中にはさっぱり入っていない。
「19時にしてもらったから、あと二時間くらいはあるね。美紀ちゃんは長風呂だって噂だし、ゆっくり入ってきなよ」
「え、ええ〜? 誰から聞いた噂ですか〜」
 ごまかし笑いをしつつ、荷物から入浴道具を出す。
 準備を整えれば、三月から浴衣を渡された。そのまま部屋を出て、エレベーターで大浴場のある階まで移動する。エレベーターの中の案内を見れば、男女で階が異なっているようだ。三月が、先に降りる。
「場所はわかる?」
「大丈夫だと思います。……鍵は、先輩持っていって下さい」
「了解。じゃ、またあとで」
 エレベーターが閉まり、美紀はホッとため息をついた。
 息をついたとたん、疲れがどっとやってくる。
 今日も午前中まで滑っていたし、全然上達しなかったから転んでは起きの繰り返しで、下手に体力を消耗した。
 結局久美子と理佳はかなり滑れるようになり、菜緒子と自分はそこそこまで。
 二日目は午後から三月と二人きりで滑っていたから、優しさに甘えて休み休み、ほとんど滑っていないに等しい。ロッジの食堂で休んでいた時間の方が多かったのではないかと思う。
 ちなみに菜緒子は小田と二人で滑っていて、残りの4人は一緒になって滑っていたらしい。
 今日の午前は出来るだけ皆で滑っていた。
 その中で、菜緒子と小田は、何だかいい感じのように見える。
 小田は、菜緒子のことが好きなのだろうか。そして、菜緒子も?
 そんなことを考え始めたところで、目の前に女湯ののれんが見えてきたので、その思考は中断された。


「おかえり、どうだった? 温泉は」
 三月の言葉に甘えてたっぷり二時間かけて入浴から帰って来れば、三月はくつろいだ様子でテレビを観ていた。
「気持ちよかったです〜。少しは筋肉もほぐれたかも」
「それは良かった。美紀ちゃん、動きが大分ギクシャクしてしてたからね」
「え〜、やっぱり分かりました?」
 照れ交じりに笑えば、三月は時計をちらりと見て立ち上がった。
「帰ってすぐで悪いけど、そろそろ食事の時間なんだよね。すぐ行ける?」
「あ、はい。すみません、とろくて」
 美紀は謝って、急いで入浴セットを部屋の隅に置いた。
「あはは、自分でとろいって言っちゃダメだって。別にゆっくりでいいしさ。……じゃ、行こうか」
 言うと、三月は何とも自然に、美紀の手を取った。
 美紀は入浴後ののぼせた頭を更にのぼさせて、やはりギクシャクと三月に引かれて部屋を出た。



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