17.

「あ〜、お腹一杯! 幸せ〜」
 食事を済ませ部屋へ戻りながら、美紀は満面の笑みで三月を振り返った。
「あはは、それは良かった」
 三月も笑いながら、美紀の後についてくる。食事は美紀にとって初めての本格的な懐石料理で、次々と出てくる食事はどれも美味しいものばかりだった。
 おかげで少し食べ過ぎな気もするが……。
「あんな豪華な和食、初めて食べましたよ〜」
「俺も滅多にないよ。美紀ちゃんの歳じゃあんまり食べる機会ないよな。喜んで貰えたようで、良かったよ」
「もう、大喜びです」
 喋っていたら、あっという間に部屋にたどり着いた。美紀は三月が差し出した部屋の鍵を受け取り、扉を開ける。
 脇にトイレの扉がある板間を挟んで、すぐに襖がある。
 美紀はスリッパを脱ぐと、勢いよく襖を開け放った。
 ……と、目の前に光景に一瞬動きが止まってしまった。
「あ、え? すご〜い、お布団が敷いてありますよ!?」
 部屋を間違えたのかと思ってしまった。
 美紀はためらいがちに足を踏み入れる。
「……ああ、食事の間に仲居さんが敷いてくれるんだよね」
 三月が美紀の後ろから部屋の中を覗きつつ、説明してくれた。
「へえ〜。……へえ、凄いですね〜。いたれりつくせりって感じ……」
 美紀は少し戸惑いながら、布団の上にぺたりと腰を下ろした。
 並んで二組の布団が敷いてある。
 何だか、すごく、恥ずかしくなってきた。
 三月は脇に寄せられたテーブルの上にサイフと携帯を置くと、美紀の傍に腰を下ろして、その顔を覗き込んだ。
「……なんか、顔赤くなってるけど」
 そう言った三月の顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。
「え……。え〜? そそ、そんなことないですよ?」
 思い切りどもりつつ、視線を外しながら美紀は、居ごこちが悪そうに体を動かした。
 四つんばいで移動しながら、テーブルの上のテレビのリモコンを手に取る。
「な〜にか面白い番組やってるかな〜」
 言いながら、テレビをつけた。
 天気予報の画面が映る。
「あ、先輩、明日晴れだって……」
 三月を振り返って、その瞬間美紀は体を硬直させた。思ったより近い場所に三月の顔があったからだ。
 硬直しているうちに、三月の右手が美紀の左頬に添えられて、そのまま秀麗な顔が接近してくる。
 キスされる、と思い、美紀は目をぎゅっと瞑って、体を強張らせた。
 初めてのことだったから、どんなふうにしていればいいのか分からない。
 けれども、そんなふうに美紀が両肩を緊張させて俯いてしまったので、三月は仕方なく美紀の額に唇を押し当てた。
 唇と頬の手が離れてから、美紀は恐る恐る瞼を持ち上げる。
 三月は笑ってはいなかったが、穏やかな表情をしていた。そんな三月と、やはり目を合わせられず、美紀は視線を下にずらした。布団についた、自分の手が見える。
 緊張のせいか指先が冷たく感じ、両手を堅く握り合わせた。
「寒い? なんか、震えてるけど」
「……あ、えっと……、大丈夫です」
 部屋の中は十分暖房が効いていた。むしろ自分の頬はかなり熱を持っていて、美紀は冷えた自分の両手を頬にあてがった。
「な、なんか緊張しますね。部屋とかに二人きりって、初めてだし……」
「……ほんと、緊張してるみたいだね」
 三月は少し笑って、少し体勢を改めた。
 浴衣の裾を少し直して胡座を組みなおすと、美紀に手招きする。
「え? 何ですか?」
 手招きの意味が分からなくて、美紀は少し戸惑いながら身を乗り出した。
 その瞬間いきなり腕を引き寄せられて、美紀は思い切り体勢を崩すと、三月の胸に倒れこんだ。
 慌てて身を起こそうとしても、三月ががっちりと引き寄せているので出来そうもない。
 かといって完全に体重をあずけることも出来ずに、美紀は微妙な体勢を保ったまま、ただ混乱した。



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