18.

「あ、あの、えっと……」
 しかし、そんな微妙な体勢がこの酷い筋肉痛の状態で続くはずもない。
「せ、先輩、この体勢つらいんですけど〜」
 思わず本音が出たところで、三月が吹き出した。
 美紀は自分の間抜け具合に、我ながら呆れつつ、赤面する。
「いや、ごめんごめん。体重預けてくれて構わないのに」
 三月の腕の中から解放されて、身を起こしながら美紀は心の中で、「嫌ですよ! 今凄い体重なんですから!」と叫ぶ。しかも先ほど、がっつりとご飯を食べてしまった後でもあるし。
 しかし突然のことで緊張が吹き飛んでしまったのか、心も体も弛緩して美紀は布団に倒れこんだ。
「も〜、先輩ダメです、私〜」
 へろへろになって、そう弱音を吐いた。
 いい雰囲気に身を任せられない自分に、自己嫌悪してしまいそうだ。
「え?」
「だって、恥ずかしくて、何だかダメ〜」
 横になってジタバタしてたら、三月は呆れたようにため息交じりに笑った。
「……あ〜、もう、いいよ。何だかこっちもどうでも良くなってきたよ」
 珍しく三月の投げやりな言葉を聞いて、美紀は慌てて顔を上げた。どうでも良くなったというのはどういうことだろう。
「せ、先輩?」
「……だって、美紀ちゃん、嫌がってるでしょ?」
 三月は両手を後ろについて、身を少し後ろに反らせる。更に両足を投げ出して、天井に視線を向けた。
「嫌がってるって、え? 何をですか?」
 美紀は身を起こして三月の顔を伺おうとするが、更に三月は顔をそらしてしまう。
 どうやら機嫌を損ねてしまったようで、美紀は慌てて三月の傍に身を寄せた。
 すると、三月は視線だけを美紀に向ける。
「……俺とキスするの、嫌なんだろ?」
「え、や、何言ってるんですか!」
 美紀はどう反応すればいいのか分からず、とりあえず赤面して両手で布団をバタバタ叩いた。
 どうやって機嫌を取ればいいのか分からない。
 客観的に聞いたらかなりアホなやりとりだが、美紀にとってはかなり深刻な状況である。
「そ、そんなことないです! む、むしろ先輩とキスしたいですもん! いつファースト・キス出来るかって待ちわびてるくらいです! ……先輩とキスしたいです!」
 自分でも何を言ってるのか分からなかったが、勢いでそう叫んだ後、三月がむこうを向いて俯いているので、すぐに不安になった。
 待ちわびてるとか言って、引かれてしまったのだろうか。
「……先輩?」
 美紀は恐る恐る身を乗り出して、むこうを向いた三月の顔を覗きこむ。
 三月は片手を口元にあてて、必死に笑いを堪えていた。
 それが分かって、美紀は思わず、「あ〜っ」と声を上げる。
「せ、先輩笑ってるし! 酷〜い!」
「あっははは! だって、面白すぎ」
 やはり堪えきれずに笑い出した三月を見て、美紀は安心したような恥ずかしいような、複雑な気持ちになって、口を尖らせた。
「え、え〜? 何かムカツク〜」
 不満げに言いながらも、三月の笑いにつられて美紀も笑った。
 一頻り笑いあった後、三月はふう、とため息をついて、体勢を改めた。
「……さて、じゃあ、美紀ちゃんも相当したがってるみたいだし? ファースト・キスでもしますか」
「え〜、え〜と、はい」
 何だか変な雰囲気になってしまったが、美紀は姿勢を正して、三月と向かい合った。
「ど、どうしてればいいですか?」
「え? ああ、普通でいいから、普通で。じゃあ、目を閉じて少し上向いててくれる?」
 三月は笑いながらそう言って、素直に従った美紀の肩に手を置いた。
「……あ、ちなみに初級と中級と上級、どれがいい?」
「え、ええ!? な、何言って……むぐっ」
 思わず目を開けて抗議したところで、三月の唇が重なってきた。
 三月の伏せられたまぶたを、長めの睫毛が縁取っている。それを確認した後、美紀は慌てて目を閉じた。
 数秒の後、一度唇が離れたので、止めていた息を吐き出す。
 それを見て、三月が笑った。
「息止めなくていいから」
「え、え〜? だ、だって」
「中級以上だと息が続かなくなるよ?」
 じゃあ、これは初級のキスだったのか、と思いつつ、美紀は今ごろになって顔を赤面させた。そして改めて抗議する。
「先輩って、なんでいつも不意打ちなんですか〜」
「……え、その方がドキドキしていいでしょ?」
「心臓に悪いです!」
 そう言ったら、また笑われた。
 ともかくも、美紀はファースト・キスを、こんな感じに経験した。



index/back/next