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「あ、あの、えっと……」 しかし、そんな微妙な体勢がこの酷い筋肉痛の状態で続くはずもない。 「せ、先輩、この体勢つらいんですけど〜」 思わず本音が出たところで、三月が吹き出した。 美紀は自分の間抜け具合に、我ながら呆れつつ、赤面する。 「いや、ごめんごめん。体重預けてくれて構わないのに」 三月の腕の中から解放されて、身を起こしながら美紀は心の中で、「嫌ですよ! 今凄い体重なんですから!」と叫ぶ。しかも先ほど、がっつりとご飯を食べてしまった後でもあるし。 しかし突然のことで緊張が吹き飛んでしまったのか、心も体も弛緩して美紀は布団に倒れこんだ。 「も〜、先輩ダメです、私〜」 へろへろになって、そう弱音を吐いた。 いい雰囲気に身を任せられない自分に、自己嫌悪してしまいそうだ。 「え?」 「だって、恥ずかしくて、何だかダメ〜」 横になってジタバタしてたら、三月は呆れたようにため息交じりに笑った。 「……あ〜、もう、いいよ。何だかこっちもどうでも良くなってきたよ」 珍しく三月の投げやりな言葉を聞いて、美紀は慌てて顔を上げた。どうでも良くなったというのはどういうことだろう。 「せ、先輩?」 「……だって、美紀ちゃん、嫌がってるでしょ?」 三月は両手を後ろについて、身を少し後ろに反らせる。更に両足を投げ出して、天井に視線を向けた。 「嫌がってるって、え? 何をですか?」 美紀は身を起こして三月の顔を伺おうとするが、更に三月は顔をそらしてしまう。 どうやら機嫌を損ねてしまったようで、美紀は慌てて三月の傍に身を寄せた。 すると、三月は視線だけを美紀に向ける。 「……俺とキスするの、嫌なんだろ?」 「え、や、何言ってるんですか!」 美紀はどう反応すればいいのか分からず、とりあえず赤面して両手で布団をバタバタ叩いた。 どうやって機嫌を取ればいいのか分からない。 客観的に聞いたらかなりアホなやりとりだが、美紀にとってはかなり深刻な状況である。 「そ、そんなことないです! む、むしろ先輩とキスしたいですもん! いつファースト・キス出来るかって待ちわびてるくらいです! ……先輩とキスしたいです!」 自分でも何を言ってるのか分からなかったが、勢いでそう叫んだ後、三月がむこうを向いて俯いているので、すぐに不安になった。 待ちわびてるとか言って、引かれてしまったのだろうか。 「……先輩?」 美紀は恐る恐る身を乗り出して、むこうを向いた三月の顔を覗きこむ。 三月は片手を口元にあてて、必死に笑いを堪えていた。 それが分かって、美紀は思わず、「あ〜っ」と声を上げる。 「せ、先輩笑ってるし! 酷〜い!」 「あっははは! だって、面白すぎ」 やはり堪えきれずに笑い出した三月を見て、美紀は安心したような恥ずかしいような、複雑な気持ちになって、口を尖らせた。 「え、え〜? 何かムカツク〜」 不満げに言いながらも、三月の笑いにつられて美紀も笑った。 一頻り笑いあった後、三月はふう、とため息をついて、体勢を改めた。 「……さて、じゃあ、美紀ちゃんも相当したがってるみたいだし? ファースト・キスでもしますか」 「え〜、え〜と、はい」 何だか変な雰囲気になってしまったが、美紀は姿勢を正して、三月と向かい合った。 「ど、どうしてればいいですか?」 「え? ああ、普通でいいから、普通で。じゃあ、目を閉じて少し上向いててくれる?」 三月は笑いながらそう言って、素直に従った美紀の肩に手を置いた。 「……あ、ちなみに初級と中級と上級、どれがいい?」 「え、ええ!? な、何言って……むぐっ」 思わず目を開けて抗議したところで、三月の唇が重なってきた。 三月の伏せられたまぶたを、長めの睫毛が縁取っている。それを確認した後、美紀は慌てて目を閉じた。 数秒の後、一度唇が離れたので、止めていた息を吐き出す。 それを見て、三月が笑った。 「息止めなくていいから」 「え、え〜? だ、だって」 「中級以上だと息が続かなくなるよ?」 じゃあ、これは初級のキスだったのか、と思いつつ、美紀は今ごろになって顔を赤面させた。そして改めて抗議する。 「先輩って、なんでいつも不意打ちなんですか〜」 「……え、その方がドキドキしていいでしょ?」 「心臓に悪いです!」 そう言ったら、また笑われた。 ともかくも、美紀はファースト・キスを、こんな感じに経験した。 |