19.

「……で、その後は?」
 ニヤニヤ顔の久美子が先を促したので、しばし回想の世界へ旅立っていた美紀はようやく我に返った。
 スノボー旅行とその後の温泉旅行から帰って、早三日が過ぎた。
 美紀の家に遊びに来た久美子に、その時のことを報告していたら、またしても自分の世界に突入してしまっていたらしい。
「え〜、その後は〜、……実はあんまり覚えてないんだけど、テレビ一緒に観てたら眠くなっちゃって……」
「は〜? そのまま寝ちゃったの? 添い寝くらいはしてもらったわけ?」
「な! なに言ってんの!? そんな恥ずかしいこと出来るわけないじゃん、も〜!」
 叫んだら、久美子に思い切りため息をつかれてしまった。
「こりゃ、先は長いな〜」
「……いいの、ゆっくりで!」
「ふ〜ん、先輩も大変だね。今までとのギャップで逆に新鮮だったりすんのかね」
「い、今までのギャップって……」
「だって、三月先輩って女なんて腐るほどいたんでしょ〜? 過去の女の話とかしないわけ?」
「し、しないよ〜。聞きたくもないし。久美子、酷い!」
 付き合う前に元カノの話で一悶着あったから、美紀にとってその辺はタブーなのだ。
 久美子もそれを知ってて言うのだから、意地が悪い。
「あはは、ごめんごめん。まあともかくさ、これからすぐ遠恋になるわけじゃん? 済ませておけることは済ませておいた方がいいんじゃない、と思ってさ〜」
「久美子〜!」
 怒ってクッションを投げたら、あっさりかわされてしまった。久美子は笑いながら、それでもこちらに身を寄せてくる。
「でもさ〜、先輩ももう大学生になるわけじゃん? 医学部とは言え看護の方には女がいっぱいいるし、新たな出会いも沢山あるわけよ」
「うん、そうなんだよね……」
「黙ってれば浮気してもばれないしさ? かまってくれるのも今のうちかもよ〜?」
「え〜、そんなの嫌! っていうか、4月になったらどのくらいの頻度で会えるのかなあ……。お金もかかるし、嫌だなあ……」
「一ヶ月に一回がいいとこかもね!」
「え、そう思う〜? 毎週は無理でも、2週間に1回は会えると思ってたのに〜」
「さ〜? だってあんた、往復に電車鈍行使っても一万円くらいかかるんだよ? しかも時間も超かかるしさ〜。新幹線使うと2万近く飛ぶじゃん? まあ無理やり高速バス組み合わせてもやっぱ一万近くは飛ぶよねえ」
「……」
「バイトしな。バイトで金作って、あんたがあっち行くっきゃないね」
 現実的にお金や時間のことを考えると、確かに一ヶ月に一回くらいしか会えないような気がしてきた。
 月5000円のお小遣いでは、一回一万円以上かかるのに、その一回すら無理である。
「まあ、交通費はさ、もしかしたら先輩が半分出してくれるかもしれないけどさ〜。先輩だって医学部でお金かかるわ、時間はないわで、大変だと思うな〜」
 かといって、桜花高校は進学校だけあって、特別な事情が無い限りバイトはさせてくれない。美紀の家は母子家庭だから親が一筆書いてくれれば可能かもしれないけど、親だってそんな理由ではバイトさせてくれないだろう。
 彼氏が出来たことすら言ってないのに……。
「え〜、どうしよ〜。バイトなんて出来ないし〜。絶対お母さんダメって言うもん」
「だろうねえ〜。大変だよね。どうすんの〜?」
「え〜、久美子、出世払いでお金貸して!」
 ダメ元で言えば、もちろん一蹴されてしまった。
「は? 何言ってンの、あんた! ムリムリ! 私だって金ないんだから。……あ、そうだ、兄ちゃんに相談してみれば? 今プーじゃん?」
「それお兄ちゃん聞いたら怒るよ〜? でもな〜、お兄ちゃんもいっつもお金ないって言ってるから……。頼むだけ無駄かも」
「……そっかあ。ま、先輩と二人でお金出し合ってギリギリ月一回会う程度だね。ま、会えるだけいいじゃん?」
 結局は他人事の久美子はあっさりそう言って、しばらくして帰っていった。
 美紀の頭にはしばらくお金の「\」マークがちらついていた。




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