20.

 南向きの窓から、西日の柔らかい光が差し込んでいた。その光は、部屋内を何となく、橙色に染めている。
 美紀は、自分が腰掛けているソファの肌触りを愉しみながら、部屋の中を見渡していた。
 部屋の中は綺麗に片付けられている。
 引越ししてきたばかりなのに、それともだからこそなのか、部屋内はきちんと整頓されていて、色々なモノがごちゃごちゃに置いてある自分の部屋とは大違いだった。
 ソファにテーブル、机、ベッド。本や雑誌が並べられた低めの棚の上には、17インチの液晶テレビが置いてあった。その隣には、DVDも再生できるMDコンポ。すでに配線もしっかりされている。
 壁にはおしゃれな掛け時計が、午後4時ちょっと前を示していた。
 今、三月は駅に行っている。
 美紀や三月と、一緒にやってきた姉を、駅まで送るためだ。
 三月は車を持っている。元々家族で使っていた車を、譲り受けたらしい。家族はその代わりに、新しい車を買った。
 三月の姉は涼子という名前だ。三月と同じ切れ長の目、通った鼻筋、身長も高くスラリとしていてスタイルも良い。涼子は東京の大学に通っている。今は春休みで、実家に帰ったり旅行に行ったりしているという。二歳年上で、今年から大学三年生だ。
 涼子とは、これまでに何回か会っている。
 あまりに大人の女の人というイメージが強過ぎて、美紀はいつも、彼女と会うとどぎまぎしてしまう。
 と、玄関の方からチャリチャリと鍵の音が聞こえてきた。
 美紀は一瞬心臓を跳ね上がらせると、何となく居住まいを正し、意味もなく髪の毛を気にした。
 間もなく、玄関のドアが開き、三月が部屋に入ってくる。
 手にはコンビニのビニール袋が下げられていた。
 袋から透けているのは、ペットボトルのウーロン茶と、スナック菓子だ。その他にも何か買ってきたらしいが、全部は分からなかった。
「ごめんね、待たせて。……なんか暗いし。電気点ければいいのに」
 三月はクスッと笑って、テーブルの脇に袋を置いた。
 三月と姉が部屋を出て行ったのは3時半だから、美紀は30分も部屋の中でぼうっと過ごしていたことになる。
 三月が部屋の電気をつけてカーテンを閉め始めた。
 濃い紺色のカーテンだ。
「テレビもつけてないの? 退屈じゃなかった?」
「……あ、全然大丈夫でした。なんかぼうっとしてたら、あっという間に時間過ぎちゃったし」
「そうなんだ? 何か美紀ちゃんらしいね」
 三月はやはり、ちょっと笑って美紀の隣に腰掛けた。
 らしい、と言われてしまった。まあ、自分がぼうっとしている性格なのは、自覚している。
 それにしても、この二人がけのラブソファは、割とコンパクトなので本当に二人で座ると密着度が高い。
 美紀は心臓を高鳴らせて、何となく体を緊張させた。
 自分の膝頭に何気なく触れている三月の足も気になったし、自分の肩と三月の腕も触れている。でも、それを自分から離すのは不自然に思われて、何となく、居心地の悪いまま固まってしまった。
 一方三月はそんなこと気にする様子もなく、テレビのリモコンを操っていた。
 涼子が一緒に居る間は良かった。
 ソファには涼子と二人で座っていて、三月はベッドの方に腰掛けていたし、ともかく二人きりではなかった。
 三月の部屋に、二人きり。
 実はそういう状況は、初めてである。
 三月がまだ高校に通っていた時期は、お互い外でしか会わなかったし。
 会っても、兄の部屋で三人で居る方が多くて、三月も美紀の部屋に入ってくることは稀だった。美紀が嫌がったせいもあるのだが。
「……特に面白いのやってないね。音楽でも聞く? それとも、前に見たがってたDVDでも観る? 夕飯にはちょっと早いしね」
「あ、じゃあ、DVD観たい」
 そう言えば、三月は立ち上がってDVDを捜し始めたので、美紀はほっとして姿勢を改めた。ソファの端ギリギリにちょこんと小さくなって座る。
 その動作が三月の目の端に映ったのか、彼はやっぱり、ちょっと笑みを浮かべた。
「『海辺の家』と『アイ・アム・サム』どっちがいい?」
「あ。えっと……、じゃあ、『海辺の家』で」
 三月は言われたDVDを捜しあてると、それをコンポにセットした。
 トップメニューから、セレクトする。
「字幕と吹き替え、どっちがいい?」
「字幕でいいです。吹き替えだとイメージ壊れるし……」
「そう、良かった。俺も吹き替え苦手なんだよね」
 三月はそう言うと、本編をスタートさせた後、ソファに戻った。美紀が小さくなったせいか、触れ合うところはない。
 感動するはずのストーリーが始まる。けれども正直、この状況で映像に集中できるか謎だった。



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