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髪も十分に乾ききらぬまま部屋に戻ってきた三月は、そのまま手に綺麗なバスタオルを持って美紀に差し出した。 Tシャツにハーフパンツ姿。 「美紀も、すぐ入るよね。……タオルはこれ使って? ドライヤーは洗面所にあるから好きに使っていいし。ゆっくり入ってきなよ」 「あ、はい。有難うございます」 美紀は何とか普通を装ってタオルを受け取ると、荷物からパジャマを取り出して部屋を出た。 部屋を出てすぐ左側に、もう一つ扉がある。 扉を開ければ正面に洗面。その隣に洗濯機があった。そして左右の壁に扉が一枚ずつ。右側は茶色の扉でこれはトイレである。左側の擦りガラスの扉が浴室だった。 美紀は、淡々と服を脱ぎ簡単にたたむと一旦洗濯機の上に置かせて貰う。裸になって自分の体を見下ろせば、去年の夏のことを思い出した。 海に行くことになって、ダイエットをした夏。けれども、そのダイエットは成功とは言えなかった。そして今も、その頃から体重が変わっていない。 決して、痩せているとは言えない。お腹にもプニッとした脂肪がついているし、二の腕も足も太いと思う。頑張って腹筋に力を加えれば、なんとかお腹は平らになった。 それにしても、スタイルは悪いと思う。申し訳程度に膨らんだ胸、くびれのないウエスト、上を向いていないお尻。 「……はあ」 改めてそれを自覚して、美紀はがっくりと肩を落とした。 こんなんで先輩の前に裸体を晒すことが出来るだろうか、いや、もう絶対無理。 とは言え、いつまでも無理無理と思っていても仕方ない。 先輩が、無理強いせず進展を待ってくれているのは、いくら鈍感な自分でも気がついている。キス一つでアタフタしている自分が不甲斐ない……。 そんなことを考えていたら、さすがに寒気を感じて浴室に入ることにした。 浴室内は暖かい湿気に満たされていた。三月が使った後なのだから、当然である。美紀は蛇口を捻ると、暖かいお湯を全身に浴びた。 頭を洗って、顔を洗って、体を洗って。 そして無駄毛の処理が完璧かを確かめる。脇も腕も足も、一応完璧にしているつもりだ。元々そんなに濃いわけじゃないから、軽くかみそりで処理しているだけだけれども。 前に久美子たちと、無駄毛の処理について話し合ったことがある。ここの部位はかみそり、とかここは毛抜き、とか。かみそりはここのメーカーが使いやすい、とか。 女の子は、面倒くさい、と思う。でも、しないわけにはいかない。 去年の体育、水泳の授業を思い出す。クラスでも目立たない、地味な子の脇の毛が処理されていなくて、それに目がいってしまったのを思い出す。 あれは、どうなの。と、久美子が苦笑しながら呟いていた。美紀は、前日にちゃんと処理していて良かったと、安堵した。けれども、その処理だって、きっと完璧ではないのだろう。芸能人みたいに綺麗な脇ではない。かみそりだけでは、黒い粒々が何となく残ってしまうからだ。それでも毛抜きで一本一本処理するのは面倒くさいし、痛い。だから、ずっとかみそりを使っているわけだが……。 本当に、面倒くさいなあ。 美紀は心の中で呟いて、シャワーの水を止めた。 髪の毛を乾かしてから部屋に戻れば、三月はソファで雑誌をめくっていた。テレビは消されていて、コンポから音楽がかかっている。美紀が聞いたこともない洋楽だった。 「すみません、長々と」 時計を見れば、もう一時間くらいが経とうとしていた。 20分で戻ってきた三月よりも、2倍以上かかっている。 「別に気にしてないよ。女の子って色々かかるでしょ」 準備に、いろいろ。そういうふうにとらえてしまって、美紀は内心、ちょっとだけ焦る。 「そ、そうですけど。……って、先輩、女の子のこと詳しいんですか〜?」 その焦りを隠すためにした質問を、すぐに後悔した。他の女の子がどうこうなんて、聴きたくもないし、昔っからもてまくりの三月には今更な質問である。 「まあ、姉がいるからね」 三月はそんなことを言って、適当に流してくれた。そしてすぐに、不敵な笑みを浮かべる。 「美紀がそんなことを言うなんて珍しいよね」 「……え、そうですか? へへ」 美紀は何となく誤魔化しながら、自分が着ていた服を、バッグへ押し込んだ。今は、お気に入りの黄色のパジャマを着ている。 その後所在投げに立っていたら、ソファの三月が隣を指差した。座れということだろう。 美紀は何のためらいもなく、そこへ腰をおろした。 お互いの体から、石鹸のフローラルな香りが漂っている。と、その香りの中に、少しタバコの匂いが混ざっていた。 「あれ、先輩ってタバコ吸ってるんでしたっけ?」 「あ、ごめん、臭かった? あまり美紀の前では吸わないようにしてるからね。さっきベランダで一服」 「え〜、気にしなくていいのに〜。先輩が吸ってるところ見てみたいな。なんか、かっこよさそう」 「……別に、見せるようなもんでもないよ」 三月は苦笑してそんな謙遜をした。 でも、三月がタバコを吸っている姿を想像したら、何だか色っぽくて凄く様になる気がした。骨ばった長い指がタバコを挟んでいるのも、何だか素敵だ。 ちなみに兄将行はタバコは吸わないようである。体に合わない、と以前言っていた気がする。 いつから吸っていたのかとか、タバコの銘柄や味について聞いていたら、あっという間に時間が経った。24時近くなって、美紀は一層そわそわし始める。それを知ってか知らずか、三月は一度トイレに立つと、帰ってきてから少しテーブルの上を片付けた。 「さて、そろそろ寝ようか? ちょっと早い?」 「えっと、どっちでも……」 美紀はいよいよ覚悟を決めて、唾をごくりの飲み込んだ。 |