24.

「じゃあ、またね」
 駅前で、三月が荷物を抱えた美紀に手を振る。
 美紀も笑って、手を振り返した。名残惜しそうに、ゆっくりと踵を返すと、改札口へ進んだ。すでに切符は買ってある。
 電車が出る時間も、すでに迫っていた。
 美紀は一度だけ振り返って、三月の姿を確認した。彼は、まだそこに立ってこちらを見ていた。もう一度だけ手を振ってから、ホームへ向かう階段を昇った。
 もう、三月を見ることは出来ない。
 電車はすでにホームに停車していた。それに乗り込むと、これから家に向かう長い道のりのことを考えて、美紀は深くため息をついた。


 結局二泊もして、二泊ともそういうことにはならなかった。
 一応、ベッドに二人で寝た。しかも、三月は最初ソファに寝てくれるとも言ったのだ。部屋の主である彼がソファに寝るなんて、申し訳なさすぎて、それを認める訳にはいかなかった。
 それで今度は美紀がソファに寝るという話にもなったけど、何だかかんだと話して結局二人でベッドに入ることになった。
 正直ドキドキしすぎて、心穏やかに眠ることなんて出来ないと思った。
 そもそも、ベッドに二人並んで入ったときから、次の瞬間にはそういうことが始まるのではないかとそわそわしていたのだ。
 それなのに、先輩はそういう気配を見せなかった。
 おやすみと言って、一度キスしただけで、彼は瞳を閉じてしまった。
 それから朝まで、何事もなく。
 美紀も最初は眠れなかったが、一、二時間もすれば深い眠りについてしまった。
 それで、朝起きて、正直拍子抜けしてしまったというのが本心である。
 あれだけそわそわドキドキしていた自分は、何だったのだろう。かといって自分から、「しないんですか?」なんて聞けるわけもない。そんなことを聞けば、自分から誘っているみたいで恥ずかしいことこの上ない。
 けれど、落胆したのも正直なところだ。結局自分はして貰いたかったのだろうか。
 そんなことを考えて、頭をぶんぶんと横に振った。
 いや、自分はまだ、しなくてもいい。けれど、しなくてもいい、というのはしたくない、というのとも違う。
 結局考えは堂々巡りになってしまって、美紀は酷く落ち込んだ。


「……マジで」
 若葉通りに面したカフェで久美子と二人、お茶をしながら相談を持ちかけた。久美子にこうやって相談をするのは一体何回目なのだろうか。
 それで、久美子は今回何もなかったことについて聞くと、少し目を見開いて、冒頭のように呟いた。
「はあ、先輩って何考えてんだろうね。私も分からんわ。……それとも美紀には性欲が湧かないとか?」
「……ええ〜? それって、私ショックを受けていいんだよね〜?」
「いやもう、女としてどうよって感じよね」
 久美子の言葉に、美紀は更に傷ついて、しょんぼりと俯く。
 まあまあ、と久美子が宥めるようなことを言った後、首を傾げながら続けた。
「まあ、それは冗談としてさ。あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」
 そうは言われても、気にしないなんて不可能である。
 美紀は何も言えないまま、目の前のコーヒーカップを見つめていた。
 答えは一つしかないかもしれない。やはり、自分に魅力がないのが原因なのだ。それを久美子に言えば、彼女は肯定しなかった。
「いやあ、それだったら最初から彼女になんてしないっしょ。それか、あれだ。大切にされてんのかもネ」
「え?」
「ほら、男ってさ、悪く言えば好きでもない女ともやれる生き物じゃん? まあ、女もそうだけど。でもだからこそ、三月先輩はそこらの女と区別して、美紀を特別扱いしてんのかも」
「……そう、なのかなあ」
 それは逆に良い方に取りすぎているような気がした。特別扱いしているとしたら、自分は一体どんなふうに特別なのだろう。
「次はいつ会えるの?」
「……わかんない。先輩もこれから忙しくなるって言うし、私もお金ないし」
「そっか……。難しいねえ……」
 久美子の同情のこもった呟きに、美紀は俯いて沈黙した。
 そんな様子の美紀を見て、久美子は軽く苦笑するだけだ。その苦笑が何を意味するのか、美紀に分かるはずもなかった。




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