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春休みはあっという間に過ぎてしまい、美紀は二年生に進級した。 不幸にも久美子と理佳とは別のクラスになったが、幸い菜緒子は一緒である。必然的に菜緒子と一緒にいる時間は増えたが、久美子とは部活の時間くらいにしか顔を合わせない。 それでもたまに休み時間や放課後、久美子が別の友達と一緒に歩いているところを見ると、何だか寂しくなった。半分嫉妬もしている。 そんな自分を少し空しく思う。 「美紀! 何ぼ〜っとしてるの?」 美佐子だった。 美佐子は同じ女子陸上部のマネージャーのため、一緒に部室に向かうことが多い。今日も通りがかりに声をかけてくれたのだ。 「ううん、何でもない」 「変なの。携帯ぼ〜っと見つめちゃってさ。……あ、先輩から?」 「ううん、全然。昼間はメール来ないし」 ため息交じりに言えば、美佐子は軽く笑う。 「医学部だったよね、三月先輩。忙しそうだもんね」 「忙しいみたい。……何か電話しても疲れてる感じの声だし」 美紀は話しながらイソイソと荷物をまとめると、美佐子と一緒に教室を出た。教室に残っている生徒はもう、わずかしかいない。 「どう? 遠距離恋愛。もう三週間も会ってないんでしょ?」 「うん……」 「会いたくて会いたくてしょうがない感じ?」 「そうだね」 美紀は心ここにあらずといったふうに、答えた。 本当は、会いたくてしょうがない、というより、不安でしょうがないのだ。 けれどその不安がどこからくるものなのか、美紀には分からないでいた。 電話は毎日出来なくても、メールはほぼ毎日している。メールを送れば、必ず返って来る。会えなくて寂しい思いをさせていることを、謝ってもくれるし。 同じ医学部には女の子は3割くらいしかいなくて、どの子も可愛くない、と言っていたから浮気の心配もないだろう。 それなのに、やはり不安なのだ。 「元気ないねえ。やっぱりいきなり遠恋は無理だったんじゃない?」 事も無げにあっさり言われてしまった。 美紀は口を尖らせて、美佐子を睨んだ。睨んだとたん、美佐子がいきなり白目を剥いて猿の真似をしたから、すぐに吹きだしてしまったが。 黙っていれば美人なのに、こういうことをするから変わった子だと言われるのだ。 実際、美佐子はモテる。ただし、猫を被って付き合い始めるから、後でボロが出て、すぐに別れてしまうらしい。 アイラインで黒く目を囲った、今時の女子高生だ。 「そういうみさは、どうなのよ〜。加藤先輩とは上手くいってるの〜?」 加藤は、同じ陸上部の先輩である。200mの選手で、インターハイに向けて練習に力を入れている。確か、3月頃に付き合い始めたと聞いた。 「え? もうとっくに別れたよ。……だって、全然遊べないんだもん」 美紀の問いに、美佐子はあっさりと言い放つ。 呆れて一瞬口をあんぐり開けたまま、すぐに対応出来なかった。 「……あ、遊べないって?」 「ほら、今有望な三年だけ集まって、毎日自主錬してんじゃん? おかげで休みにデート出来ないわけ。あと話もつまんないんだもん」 「みさって、なんか……」 「ん? なんか、何?」 「ううん、何でもない」 美佐子のように、マイペースに付き合うっていうのは、どんな気分なのだろう。 悩みなど全然ないのだろうか。 悩みづくしの自分とは正反対だ。 「それよりさ、美紀〜。遠恋だったら、こっちで何しようがばれないっしょ? 今度の土曜合コンしない? 女の子が足りなくてさ〜」 「じょ、冗談でしょ? やだよ、合コンなんて……」 「え〜? なんで? 友達作る感覚でいいんだって。……まあ、嫌なら無理に誘わないけど。……そうそう、久美子は来るってよ?」 「え? ……久美子が?」 「うん、なんかあんまり乗り気じゃなかったけどさ。無理矢理OK出させた」 その言葉にやはり呆れて、美紀は久美子がいつもやるように、肩をすくめて見せた。 この自分が美佐子と友達なのが不思議なくらいだ。 「ま、その気になったらいつでも言って? 当日参加もOKだからさ」 「う、うん……」 美紀は一応頷いた後、深くため息をついた。 ため息をついた後、美紀が暗い表情で黙っているので、美佐子は彼女の肩を軽く叩いて、口を開いた。口調は軽い。 「ていうか、遠距離がうまくいかないなら、近くにいい人探したほうがいいって。傍にいなきゃ好きって気持ち続かないよ?」 「そんなことない! ……久美子にも同じこと言われたことあるけど、でも、そんなすぐに別れるくらいなら、最初から付き合ってないもん」 「……え〜? ていうか、付き合ってから分かることって一杯あるじゃん。無理なら無理で、別れるのに時間は関係ないし」 さらにそんなことを言うので、美紀は少しムッとして言い返した。 簡単に別れるなんていう美佐子が、少し信じられなかった。 「気楽な恋愛してるみさと一緒にしないでよ」 「……別に気楽な恋愛してるわけじゃないけど。……まあ、美紀もそのうち分かるって」 美佐子は今度はふざけた口調ではなく、真剣にそう言った。 そんな美佐子を見て、美紀はやはり、黙るしかなかった。 |