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がっちゃ〜〜ん、ぱりん、ぱり、ぱり〜〜ん、からからから……かつん。 店内にけたたましい破壊音が響き、美紀の頭の中は一瞬真っ白になった。 言葉も出ずに硬直してしまったところに、「失礼致しました〜」と声を上げて、同じバイトの相田恵美が近付いてくる。 「星野さん、大丈夫? 怪我なかった?」 「……あ、あの、ご、ごめんなさい!!」 美紀は顔面蒼白になって、しゃがみ込む。そして、割れたグラスの破片に手を伸ばした。 「あ、手でやらないで。怪我するから。今箒とちりとり持ってくるから」 「本当にごめんなさい」 「気にしないで〜。皆けっこうやるから」 恵美は笑って、キッチンの方へ小走りで向かった。恵美は小田と同じ大学の二年生で、美紀からしたら、しっかり者のお姉さんといった感じの人だ。 美紀は恵美を見送った後、はあ〜、とため息をついた。 客の前でやらなくてよかった。 ここは、パントリーと名付けられた場所で、下げてきた皿などを回収する場所である。コーヒーなどドリンクもここで用意する。 美紀は客が帰った後のテーブルからグラスなどを下げてきて、パントリーにたどり着いたとたん、持った丸いお盆のバランスを崩してグラスを落としてしまったのだ。ちなみにこのテーブルの片付けをバッシングといい、お盆の名前はトレンチというらしい。 バイトを始めて二週間が経った。 教わった仕事は、店に入ってきた客の案内と、最初の水の運び方、そしてこのバッシングである。まだオーダーを取ることも、料理を運ぶことも出来ない。 まあ、二週間と言っても実際バイトに入った回数は四回だけだから、当然ではある。 美紀がどうすることも出来ず、まごついている間に、恵美がてきぱきと割れたグラスを片付けてくれた。 「あ、あの、これ弁償なんですか?」 「まっさか〜。いちいち弁償してたら、バイトなんてやってられないって。平気だよ、星野さん」 それを聞いて、一応ほっとした。 ちなみに店長の姿は、少し前から見えない。おそらく店長室に入っているのであろう。 恵美はキッチンへ箒とちりとりを戻しに行くと、再び忙しそうに仕事に戻った。美紀も、ぼうっとしている場合ではない。ちょうど夕食の時間帯だから、店には結構客が入っているのだ。美紀は急いで、次のバッシングへ向かった。 「って、ゆうわけでね。ついにドジやっちゃったんだ〜。なんかね、あのお盆、トレンチっていうんだけど、すっごく持ち難くて〜」 その日の夜更け、美紀はベッドにごろんと寝転んで、三月と電話をした。 親が深夜に働いていることを、こういうときに幸運に思う。普通だったら、深夜に長電話など、許されないだろうから。 『へえ、でも、二週間はグラス割ってないって、美紀にしてはかなり頑張った方なんじゃない? 俺としては、結構意外かも』 「あ、ひど〜。もう、先輩意地悪なんだから……」 一週間に一、二回というペースの電話での話題は、最近、美紀のバイトの話に尽きている。三月も美紀の奮闘記を、面白そうに聞いてくれていた。 決して長電話は出来ないけれども、数十分という時間があっという間に過ぎてしまうほど、話題には事欠かない。むしろ、話し足りないぐらい、バイトを始めて得られた経験は本当に多かった。 少し前まで、先輩に会えず不安でいたことを忘れてしまうくらい、日々が忙しく充実している気がした。 『……あ、そうだ。忘れないうちに言っとくけど、ゴールデンウィークそっちに帰れることになったから、会えるよ』 「え!? 本当ですか!? やった〜、超嬉しい!」 美紀は嬉しさのあまり上半身を跳ね起こすと、意味もなく片手で布団をバシバシ叩いた。何せ前に会ったのは三月末のことで、それから一ヶ月プラス二週間も会っていない。三月と電話をしている間は楽しくて不安もぶっ飛ぶが、会えない日々が悲しかったのは紛れもない事実なのだ。 前にゴールデンウィークは帰るのかと聞いたときは、まだ分からないと言われたし。 『あ、でも、ゴールデンウィークもバイト入ってる?』 「……あ、え〜〜と、はい。二日間」 そうだ、忘れていた。もし三月が来るって分かっていたら、バイトを抜いてもらっていたのに。美紀は思わずしゅんとなって、少しの間黙り込んだ。三月と会うためにバイトを始めたのに、バイトのせいで会う日が減るなんて、本末転倒である。 『何日?』 「え〜と、三日と六日だったかな……」 『分かった。じゃ、その日に友達との予定を入れるから。美紀は、四日五日空いてる?』 「空けます、絶対」 確か五日は部活の練習日があったはずだが、当然休むつもりだ。まあ、マネージャーが一人くらい休んだって練習に支障は出ないし、普通の部員にも休む人はいる。 『うん、じゃあ、どっか行きたいとことか考えておいて。って言ってもどこも混んでそうだし、今から泊まりの予定を入れるのは無理だろうから日帰りでね』 「あ、は〜い」 泊まりと聞いて少し顔を赤らめつつも、美紀はふと思い立って、尋ねた。 「先輩、七日は?」 ゴールデンウィークは土日と連結しているから、七日まで休みのはずである。 『六日の夜にはごめん、帰る予定だから。久しぶりなのに二日間しか会えなくて申し訳ないけど』 「あ、じゃあ、あの、三日と六日も、バイト以外の時間会うとか……」 『あ〜、そうだね。でも俺もそっちの友達と久しぶりに会いたいんだよね。一応、三日と六日は友達優先させてもらっていい?』 言われて、美紀は急に恥ずかしくなった。三月だって、自分と会うためだけに帰ってくるわけではないのだ。 「あ、そうだよね、ごめんね。……じゃあ、四日五日の予定考えておくね」 『うん、メールで送ってよ。じゃ、そろそろ切ろっか。おやすみ、美紀』 「は〜い、おやすみなさい」 美紀は切れた電話のオフボタンを押して、深くため息をついた。 二日間会えるだけでも、十分幸せじゃないか。欲張ってはいけない。 美紀は自分にそう言い聞かせると、ベッドに潜り込んだ。明日久美子に相談して、行くところを決めるとしよう。 |