31.

 本屋で立ち読みをして時間つぶしていると、ようやく久美子が店内に入ってきた。二人は部活終了後、駅ビルに寄り道をしていた。
 久美子は美紀の姿を見つけ寄ってきて、立ち読みしていた本を覗き込む。それは、進路関係の本である。
「お、調べてるね〜」
 美紀は先日の進路調査で、三月と同じ県で、福祉学を学べる大学を書いて提出した。ところがすぐに、担任の松井先生から却下されてしまったのだ。
 なぜなら、美紀の選んだ大学は地方の私立大学であり、偏差値も低い。進学校である桜花高校のレベルや、美紀の学力を考えると、志望校としてふさわしくないというのだ。まあ、今回は時間がなくて、美紀もあまり多くを調べることが出来なかった。
「それが、けっこう難しいんだよね……」
 美紀は、本を閉じると久美子と一緒に本屋を出た。同じ駅ビル内のカフェに移動しつつ、話す。
 美紀が自分なりに調べつつ興味を抱いたのは、福祉関係の大学である。特に興味があるのは、児童福祉だ。いじめとか、家庭環境で悩む子供たちの手助けがしたいと思う。そのために学ぶことが沢山あるのなら、確かに大学へ行く意味が見出せるような気がするのだ。
 で、同じ福祉関係の学部でも専攻とかコースも様々で、一番興味深かったコースのある大学を選んだのだが、松井先生に一蹴された。しかも、「進路を不純な動機で決めないようにね」というお小言つき。先生は、何でもお見通しというわけだろうか。
 けれどやっぱり、三月のいるところに少しでも近付きたいというのが本音であるし、そこを変えるつもりはない。元より都内の大学には行きたくないし、かといって地方ならどこでもいい、なんていうことも思っていない。いきなり北海道とか九州とか、遠くへは行きたくないし。一番良いと思うのは地元の大学へ進学することなんだろうけど、これまた適当な大学が見つからないし、今まで通り遠距離が続くのも嫌だ。
「親とは話した?」
「一応ね。私が本当に勉強したくて行きたい大学なら、どんな学部でも、国立でも私立でもいいって。学費の方はなんとかするって」
「いいお母さんじゃん」
「うん。ただ、一人暮らしさせるのはかなり不安らしいけど。問題は先生かなあ」
「まあそりゃちゃんとした理由もないなら、わざわざ自分の学力より低い大学行くことはないだろうしね」
 二人はカフェに入ると、それぞれ飲み物を注文して、話を続けた。
「とりあえず、限定する県を隣の県まで広げたら? 今より少しでも近くなるならそれでいいか、くらいに思ってさ」
「そうだね〜。もうちょっと色々調べてみる。もしかしたら、人文学部の方にするかもしれないし」
 福祉に興味が沸いたと同時に、心理学にも興味が移った。人文学部ならけっこう色んな大学にあるし、何より三月が通う大学にもあるのだ。ただし、それにはかなりの努力が必要だが。
 けれども、福祉系ならば色々な資格が取れるが、人文学部ではほとんど資格が取れない。カウンセラーになる臨床心理士の資格は、大学院まで行かないと取れないらしいし、それなら社会福祉士で十分だった。
「まあ恋愛面から言えば、一緒の大学に入るのがベストなんだろうけどね。それより、結局ゴールデンウィークはどこに行くことにしたの?」
「ん〜、まだ決まんない〜」
「さっきの本屋で、雑誌見なかった?」
 久美子が文具屋で用を済ませている間、美紀はずっと本屋で立ち読みをしていた。二、三十分はつぶしていたはずである。
「見たけど、どこもピンと来なかったよ〜」
「先輩、車で帰ってくるんでしょ? どっかドライブでも行くとか」
「そうだね〜。高原とか? でも、どこも渋滞してそうなんだもん」
「そりゃまあ、渋滞は覚悟の上でしょ。じゃ、前に出来たアウトレットに行くとかは?」
 その案は、一番初めに思い浮かんで、他に行きたいところがなければ決めることにしていた。で、結局アウトレットで決まりそうだ。
「一日は適当に街で遊んで、一日はアウトレットかなあ」
 美紀は、それで決定かなあ、と首を傾げつつ言った。ともかく、先輩と一緒ならばどこでもいいのだけど。
「それでいいんじゃない?」
 久美子も相槌を打つ。どうやら、これで決定のようだ。
「久美子は、何か予定あんの?」
「う〜ん、あるような、ないような」
「どういうこと〜?」
 久美子はあんまり乗り気ではないような表情だ。
「この間さあ、合コンしたじゃん? その中のメンバーの何人かでどっか行こうよって話が出ててさ〜。あとは、石岡君もどっか行こうって」
「久美子、モテモテだねえ」
「そういうんじゃないよ。合コンも石岡君も、完全に友達付き合いだし」
 久美子は何にだか分からないけれど、不服そうだった。
 美紀はなんだか、石岡君が可哀想になる。石岡君は、久美子のことが好きなのだ。でも久美子は、石岡君とは付き合ってない、という。
「ねえ、久美子。本当は石岡君のこと、どお思ってんの?」
「いやだから、本当に友達としか思えないんだよねえ。何が駄目かって言われれば、全部が駄目とも言えるし、駄目なとこは全然ないとも言えるし」
「え〜? どっちなの?」
 話していたら、ようやく飲み物が来た。二人はそれぞれそれを引き寄せて、一口二口飲む。久美子はちょっとだけ、難しそうな顔をして、答えた。
「つまり〜、友達としては普通にいい奴なんだよね。外見も中身もまあ、いいじゃん? 石岡君も、けっこう女から人気あるみたいだし? でも私が恋愛対象として見れるかというとさあ。難しいところなんだよねえ。さわやか過ぎるっていうか」
「さわやか過ぎる?」
「私はさあ、ちょっと歪んでるっていうか、毒気があるっていうか、色気があるっていうか。そういう男の方が魅力的に思うんだよねえ」
「え〜〜〜、何ソレ」
 美紀には、久美子の言っていることがよく理解出来なかった。美紀にとっては、石岡や小田のような普通に明るくて優しい男の子の方が、接しやすいから。もちろん、三月のことは大好きだが、時々どうしていいか分からない不安に襲われることもある。
「ねえ、じゃあ、久美子は三月先輩のことどう思う?」
「……いや、あんた、唐突だねえ。どうって言われても」
 美紀の質問に、久美子は困惑しているようだった。実は美紀自身も、なぜ自分が突然こんな質問をしているのか分からなかった。単なる好奇心だろうか。
「もしさ、私の彼氏じゃなかったとして、どう? 好きになる?」
「ん〜、前も言ったかもしれないけど、好きにはならないね。正統派にモテてる割には、なんだか裏がありそうだし。って、なんかごめん、こんなこと言って」
「あ、ううん。……そっか〜、裏、あるのかなあ」
「いやあ、ありそうって思うだけだよ。実際はどうか知らんし。その辺は彼女のあんたが一番分かってんじゃないの?」
 言われて、美紀は素直に頷くことが出来なかった。
 自分は、三月を理解しているだろうか。その答えは、NOだと思った。正直、美紀は三月の気持ちが分からない。なぜだろう、会えばそんな不安はすぐに解消するのだけど、近くにいないということがこんなにも、不安にさせる。電話やメールでは、三月が本当に自分を好きでいてくれているのか、分からなかった。好きという気持ちが、伝わってこない。
 もちろん、自分が好きでいればいい話なのだけれど……。
 相手の気持ちを要求するのは、我が侭なのだろうか。
 久美子は、黙り込んでしまった美紀の姿を見て、少しだけ笑った。その笑みには、いくらか同情が含まれているような気がして、美紀は益々気分を落ち込ませた。




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