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「どうして?」 そんなふうに理由を尋ねる三月に、美紀はまた先ほどの不満が蘇った。 三月は、自覚していない。ということは、三月は、自分がどんなふうに思っているかなんて、全く考えてはいないのだ。 なので、駄目だと思いながらも、先ほどの不満を全部口に出してしまった。 優先順位が勉強や友達付き合いよりも下で、自分と会えなくても平気だし、一緒の部屋に泊まっても何もする気が起きないということ。元カノに会うことも内緒にするし、三月の傍に行きたいという気持ちに、「そういう考え方はするな」なんて言えること。 たどたどしい言葉でそれを列挙して、言い終わってから、黙り込んだ。 三月はといえば、抱きしめていた美紀の体を少し離して、少しいぶかしげな表情をした。それで、美紀は勢いで、元カノと会ってたことを指摘してしまったことに気がつく。 「美紀、どうして、亜矢子と会ってたことを知ってるの?」 「……昨日、見たから」 こうなれば、もう、何も気にすることはない。 なので、こちらから問い詰めてしまおうと思った。 「なんで、私に内緒で久島さんと会ってたの? 私には友達って言ってたじゃん! そりゃ、今は友達かもしれないけど、元カノに会うのってやっぱ特別なことでしょ? 内緒にしたってことは、今でも久島さんのこと、好きだから? また、付き合いなおしたいって、思ってるんでしょ?」 美紀の言葉を、三月は黙って聞いた。 「そりゃ、そうだよね。私は先輩のこと、何にも分からないし。それに、私かわいくないし、スタイルも良くないし、性格も駄目だし。自分でもなんで先輩が私を好きなのか、分からないもん」 美紀は三月の手から離れると、窓に身を寄せて、顔を背けるようにして続けた。 「なんか、一方通行だよ。私は、先輩の気持ち全然わかんない。何を考えてるのか、わかんなくて、不安になる。……小田君とは、全然違う」 なぜか、小田の名前が出てきて、美紀はそこで黙り込んだ。 ここで小田の名前を出すのは、自分でも、おかしいと思う。後悔が心の中にじわじわと拡がると共に、三月の反応が恐ろしくて、美紀はぎゅっと目を閉じた。 やがて、三月が、口を開いた。 「美紀、本当に、ごめん。でも正直、美紀がどんなふうに思ってるか聞けて良かった」 三月はそういうふうに切り出した。 美紀が顔を背けてしまっているから、三月も、前を向いたまま話している。 美紀は恐る恐る目を開いて、こっそりと視線を動かした。三月の横顔が見える。あんまり感情を含んでいない顔だった。 「なんていうか……、付き合い始めてから一緒に過ごせた時間が少なかったのは、謝るしかないな。本当にごめん。俺も、自分のことしか考えてなかったかも知れない。でも、恋愛の優先順位とか、それが低いとか、そういうことを考えたことはないよ。ただ、美紀がそういうふうに感じるのも、俺のせいだよな。それから、亜矢子と黙って会ったことは、……これも謝るしかない。美紀に余計な不安を与えたくなかったからなんだけど、逆効果だったね。でも、本当に亜矢子とよりを戻したいなんて思ってないから」 三月は一つ一つ謝って、弁解した。 美紀は正面に姿勢を正して、俯く。三月の言葉は淡々としていて、ヒステリーを起こした自分がむなしく感じた。 「先輩は、いつでも冷静だよね……」 言えば、三月はこちらを向いて、眉をしかめた。 「俺が、冷静? ……冗談だろ。かなり焦ってるよ」 三月はイライラと言うと、背もたれに体重を預けて、頭を抱えた。美紀はその様子を意外に思って、三月の方に身を乗り出す。三月は顔をしかめて、ため息をついた。 「なんか、小田の名前が出てくるし」 「あ、それは……」 美紀は焦りつつ弁解しようとしたが、三月の言葉に止められた。 「なあんか、心配だったんだよな。美紀は俺と話してるより、小田と話してる方が楽しそうだし? バイト先もあいつと一緒だしさ。俺は美紀の傍にいてやれないけど、小田はいつでも美紀の傍にいてやれる。……今日の買い物だって、美紀、選んでたんだろ? 小田への土産」 言われて、さっと血の気が下がる感じがした。なぜそんなこと、分かったのだろう。 確かに買い物中自然と、小田への土産を買うとしたらどんなものがいいか、考えていた。小物や雑貨など、自分で買うものを選んでいるように見せて、実は小田への土産として。 「美紀こそ、本当は小田と付き合いたかったと思ってるんじゃないの?」 「……そんなことっ」 ない、と、言い切れるだろうか。 実際、小田と付き合っていたらどうだっただろうと、考えたこともある。 今日だって買い物の最中、久島さんとの疑惑とか小田へのお土産を考えたりとか、純粋に三月とのデートを楽しんでいなかったと思う。 「ごめんなさい……」 美紀は謝った。 三月のことを責めるばかりで、自分のことは棚にあげていたのかも知れない。本当に、自分はなんて勝手でわがままなんだろう。 謝罪の言葉は、そんな自分を申し訳ないと思ってのことだった。 けれど三月は、美紀の謝罪を、先ほどの質問の肯定と捉えた。つまり、小田と付き合いたいのだ、ということ。 「小田と付き合いたいなら、そうすればいい」 三月は言うと、ドアを開けて外に出た。美紀が反応する暇もなく、運転席へ移動すると、エンジンをかける。 美紀は真っ青になって、何かを言おうと口を開けた。 けれど、車が発進したせいで美紀の体は座席に押し付けられ、言葉が出なかった。 三月は、何も言わない。怒っているのだ。 美紀は顔を青ざめさせたまま、けれど、何も言えずに押し黙っていた。 やがて車は高速道路に乗り、行きよりも速いスピードで、来た道を引き返した。三月はもう、このまま帰るつもりなのだ。 美紀は何も考えることが出来なかった。 三月に言われた言葉が、頭の中で繰り返される。 『小田と付き合いたいなら、そうすればいい』 『小田と付き合いたいなら、そうすればいい』 『小田と付き合いたいなら、そうすれば……』 ・ ・ ・ |